心に棲む人
寝室から続いている浴室で、ドレスを脱がされる。露わになった白い肢体を、パーシヴァルは背後から抱きしめる。
体に残る赤い跡を確認するように口づけながら、器用に自分の服を脱いでいく。
「跡が、消えてきている。また残さないといけないな」
「もうあなたから逃げないと約束しました。リゼットさんという恋人か奥様がいるのだと、勘違いをしていたから……」
「まさか聞かれていたとは思わなかった。すまなかったな、アン。お前のつれない態度は、嫉妬と不安からだったのだろう。だが、お前を縛るためだけに抱いているわけではない」
耳元で、甘く低い声が響く。
その声音は今までの彼よりももっと、深い情熱を帯びている。
「アン、お前が欲しい。欲しくて、しかたない」
アンネリーゼは切なく眉を寄せて、そっと頷いた。
もう躊躇うことはない。アンネリーゼは、己の心に素直になると決めたのだから。
離宮にアンネリーゼを閉じ込めたパーシヴァルは少し怖かった。
けれど彼の激しさは、喪失からきているのだろう。
大切なものを守れなかった。家族にさえ、手をかけた。
彼の立場であれば欲しいものはなんでも得られるはずなのに、失うもののほうがずっと多い。
森で彼と出会い、共に暮らして彼に惹かれた。
そして今も──苦しみを抱え続けている彼に、強く惹かれている。
「私も、あなたが欲しい」
「アン……」
困っている人がいれば救うのは、当たり前のことだとアンネリーゼは考えている。
けれどパーシヴァルの苦痛を和らげたいのは、薬師としてではない。
彼が好きだから、笑っていて欲しい。
勘違いして、拒絶して傷つけてしまった。だからこそ素直な愛情を、彼に捧げたい。
身分の違いも、彼の心に忘れられない少女がいることも、アンネリーゼが彼から逃げて彼を傷つけるに足る理由には、もうならない。
優しく唇が重なり、それは次第に深いものへと変わっていった。
──湯にあてられてしまったのだろう。
浴室で彼の熱に身を委ねている最中に、アンネリーゼは意識を飛ばした。
気づくとベッドに寝かされていて、パーシヴァルが甲斐甲斐しく冷たい布を首や額に当ててくれている。
(最初の夜のあとも、こうだったわね……)
それを、懐かしく思う。アンネリーゼをはじめて抱いた日、彼は朝からずっとアンネリーゼの世話をし続けていてくれた。
「お水……」
「あぁ、飲めるか?」
「飲ませて……?」
子どものような我儘を言うと、彼は困ったように笑う。
アンネリーゼが彼を拒絶しなければ、こんな夜がずっと続いていたのかもしれない。
それともいつか不安になった彼が、アンネリーゼを手ひどく抱く日がきたのだろうか。
それでもきっと、彼を受け入れていただろう。
今は、彼が抱えているものを知ることができてよかったと思う。
パーシヴァルはアンネリーゼを起きあがらせると、グラスを口に持ってくる。
檸檬とミントの味がする水が、喉を潤した。
口角から垂れる水を、彼は丁寧に舐める。そのまま舌は首筋を辿り、アンネリーゼの胸にいくつかの赤を散らした。
彼は、アンネリーゼを壊れやすい宝物のように抱きしめて、髪を撫でる。
「……リゼットについて、お前はなぜ、聞かない?」
「フュリアさんも、知りませんでした。あなたは誰にも話していないでしょう……?」
「気にならないのか」
「気にならないというのは、嘘になります。けれど、それはパーシヴァル様の大切な想い出なのでしょうから」
「──リゼットは、リゼット・トルクメニア。トルクメニアの姫だ」
アンネリーゼは息を飲んだ。
トルクメニアの王族は、ルドベキア三国連合に攻められて全員死んだ。
もう、誰も──残っていない。
トルクメニアが、ルドベキアという名に変わり、三国連合の支配下に置かれたのは、およそ十年前。
ルドベキア三国連合が攻めてくる前に、パーシヴァルはトルクメニアに滞在していた。
リゼットとはそのときに知り合った、トルクメニアの姫。
そして──パーシヴァルがラングフォードに戻ってすぐに、ルドベキア兵によって国王と王妃と共にまだ幼い姫は殺されたのだ。
「リゼット様は、もう……」
「あぁ。もう、彼女はいない。どこにもいない。二度と会うこともできない。……はじめて人に語った。アン、お前だからだ」
カヌレを食べようと約束した姫は、まだ幼い子どもだった。
彼女が殺されたことを知ったパーシヴァルは、どれほどの傷を、心に負ったのだろう。
リゼットによく似たアンネリーゼを抱きしめる彼は、まるで救いを求めているようだ。
リゼットの命を助けられなかった。だからアンネリーゼを失うことを極端に恐れている。
アンネリーゼは彼の背を抱く。
大丈夫だと包み込む。リゼットを想う彼を、その想いごと受け止めたい。
彼女に向けられるはずだった愛情を、全てアンネリーゼがもらってしまうのは、とても哀しいことだけれど。
「私はここに、あなたの傍にいます。ずっと……」
「離さない、たとえお前が逃げても、連れ戻す」
アンネリーゼは頷いて、目を閉じる。
閉じた瞼の裏に、燃え盛るセゾンリーブスの森の情景が浮かんだ。




