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【全年齢版】あなたの愛は、きっと私のものじゃない  作者: 束原ミヤコ


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3/16

小鳥たちの知らせ


 

 畑には根菜類が植わっている。これから冬を迎えるために、多くを作って保存する必要がある。秋はよい季節だ。森ではきのこや木の実、果物がとれる。


 小さめなかぼちゃを収穫しようとしたところで、小鳥たちがアンネリーゼの周囲を飛び回りはじめる。

 ぴいぴいと、なにかを訴えかけるように鳴いている。どうしたのかと、アンネリーゼは低い姿勢から立ちあがり、小鳥たちを見回した。


 森の奥へと、小鳥たちはアンネリーゼを誘うように、ときに地面を跳ね、飛びあがりながら進んでいく。

 こんなことははじめてだ。

 いや──二度目か。


 一度目は、二年前。父──ケイオスが狩りの最中に怪我をした。おそらくは熊に襲われたのである。

 小鳥たちに誘われて森の奥に向かうと、ケイオスは血を流して倒れていた。

 肩をえぐられた傷は深く、倒れる彼の体の下には血だまりができていた。

 アンネリーゼは母、アンネマリーと共にケイオスを家に運んだ。

 必死に手当てをしたが、駄目だった。ケイオスは帰らぬ人となってしまった。


 傷薬でも治せない傷があると、アンネリーゼは知っている。

 アンネマリーも、後を追うように病気で亡くなった。ケイオスがいなくなり、生きる気力を失ってしまったのかもしれないとアンネリーゼは思っている。

 だからアンネリーゼは、薬でも治せない病気があると知っている。


「なにかあったのかもしれない」


 嫌な予感がして、アンネリーゼは森の奥へ奥へと進んでいく。

 普段は足を踏み入れない場所である。人の手が入らない深い森は、鬱蒼と木々が生い茂り昼間なのに薄暗い。

 ざくざくと草を踏みしめながら、暗い森の中を小鳥たちを導にして進む。獣の鳴き声が聞こえた気がする。生暖かい息がくさむらから漂ってきているような錯覚に、背筋が凍える。


 熊をはじめとして、大森林には多くの生き物が住んでいる。

 互いの居場所を守っていれば、大きな問題は起こらない。ケイオスは森の奥に入りすぎてしまったのだ。

 そしてアンネリーゼもまた、人が立ち入ってはいけない場所に進んでいこうとしている。


 それでも小鳥たちは、こちらに来てと上下に揺れるような不自然な飛びかたを続けている。


 やがて水のせせらぎが聞こえはじめ、唐突に開けた場所に出た。

 橋がなくては渡れないほどの広い川だ。深い部分は流れがはやく、浅瀬は緩やかである。

 丸い石が敷き詰められた川辺に、倒れている人影がある。

 その姿がどうしても、血だまりの中にいた父と重なる。

 指先が冷たい。呼吸が不規則に早まっていく。助けなければという使命感に突き動かされるように、アンネリーゼは人影にむかい駆けていく。


「大丈夫ですか!?」


 背の高い男が、両足を水の中に浸しながら意識を失っている。アンネリーゼは彼の傍に膝をついて、体を揺すり呼びかける。

 川に流されたのだろうか、男の黒髪は水に濡れている。マントも黒いシャツも体にへばりついていた。

 体格のよい男だ。目を閉じていても、綺麗な顔立ちをしていると一目でわかるほどに、整った顔をしている。アンネリーゼは度々街にいくが、彼は見たことがない。

 セゾンリーブスの奥地に人の姿を見ることは、まずあり得ない。

 皆、この森は危険だとよくわかっているのだ。


 体を揺すりながら大きな声で何度か呼びかけたが、返事もなく、目を開く様子もない。


「お願い、生きていて」


 祈るように呟く。抗えない死の前に、薬師などは無力だ。

 小さな傷は塞ぐことはできても、死を防ぐことはできない。

 ケイオスも、見つけたときは脈があった。家に運んだときも、まだ呼吸をしていた。

 けれど──その命は、静かに死神によって刈り取られるように、失われてしまった。


 男の首に急いで手を当てると、しっかりとした拍動が響く。呼吸も確かだ。心臓にも耳を当ててみる。自分の心音が耳の奥でうるさく響く。

 アンネリーゼは、落ち着け、と何度も自分に言い聞かせた。


「大丈夫、しっかり動いている」


 ほっとして、息を吐いた。水を飲んで溺れていたら、もっと呼吸の音も心臓の音も乱れているだろう。よく観察すると、額に傷があり薄っすらと血が滲んでいる。

 彼は頭を打って、気を失っているのかもしれない。


 アンネリーゼは男の頭を膝に抱いて、よかったと彼の頭を慎重に抱きしめる。

 そんなアンネリーゼの周囲をくるくると跳ねまわり、小鳥たちが役目は終えたと言わんばかりに空へと飛び去って行く。


「……お父さん」


 ケイオスは、助けられなかった。

 傷に薬を塗り包帯を巻いても、徐々に呼吸が小さくなっていった。

 アンネリーゼは泣きながら、ケイオスの頭を抱いていた。アンネマリーも、ケイオスの体に縋り「これからどうしたらいいの、私はひとりで、どうしたら!」と、何度も何度も繰り返していた。

 やがて呼吸が静かになり、ケイオスの体は、アンネリーゼの腕の中でどんどん冷たくなっていった。


「──あなたは、助ける」


 ケイオスは救えなかった。小鳥たちが知らせてくれたのに、間に合わなかった。

 けれど、この人は助けなければ。

 そう、強く思う。



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