セゾンリーブスの家
森に入り少し進んだところに、アンネリーゼの家はある。
深堀の井戸。少し離れたところには清廉な湧き水をたたえた小川。家の周りには様々な薬草が生えており、裏庭には畑や煮炊き用のかまど、風呂用の石桶が置いてある。
二階建ての、煉瓦造りの小さな家である。
アンネリーゼはこの家に、以前は両親と三人で住んでいた。
家の中に入り、重たい荷物をテーブルに、中の瓶が割れないように慎重に置く。
それから二人掛けの古びたソファに座り込み、大きく息を吐き出した。
「今日も売り切れだったわ、お父さん。薬が皆の役にたつと嬉しいわね、お母さん」
窓辺に置いてある両親の遺品に、アンネリーゼは挨拶する。
父の遺品は狩り用の弓。男性用なのでアンネリーゼが扱うには少し大きい木製のものだ。
母の遺品は薬草の効能を記した手書きのノート。母は薬草に詳しく、アンネリーゼに知識を伝えるために多くのことをノートに書き記してくれていた。
内容は、何度も読み返してすっかり覚えてしまっている。アンネリーゼが薬草で薬を作り街に売りにいくことができるのは、母のおかげ。
狩りや料理が得意なのは、父のおかげだ。
『おかえり、アン。今日も大変だったわね』
『アンネリーゼ、何か怖いことはなかったか?』
優しい母の声と、低い父の声が響いた気がしてアンネリーゼは目を閉じる。
閉じた目を開くと、そこには誰もいない。
この家には、もうアンネリーゼひとりきり。それでも──静かで単調で変わらない毎日は、巡っていく。
アンネリーゼはソファに深く座り込みながら、レースの手袋とヴェールをはずしてぽいぽいと置いた。
しばらく長距離を歩いた疲労を癒やすために、ぼんやりしていた。
時計の針だけが、動き続けている。やるべきことは自分でやらなければ、ただ時計の針が進むばかりだ。
ずっと休んでいるわけにはいかないかと、アンネリーゼは気合を入れるために唇を開く。
「塩とスパイスを買ってきたから、今日は鹿肉のスープにしましょう」
それがいいと、アンネリーゼは立ちあがる。
邪魔くさいドレスをばさばさと脱いで、ざっくりと頭からかぶるだけの綿の服に着替える。その上から汚れてもいいように、大きめの黒いエプロンを身につける。
銀の髪は無造作に縛った。
そうすると、森の魔女の姿はすっかりなくなってしまう。
ドレスもソファの上に雑に置いてある。なんてずぼらな森の魔女かと苦笑する。でも、この家にはアンネリーゼ一人だ。粗雑な扱いを受けているドレスを見る者は誰もいない。
両親は、二年前に亡くなった。
それからはずっと、薬を売りながら一人で暮らしている。
『人前では、ヴェールをつけたほうがいい』
『あなたは美しいから、危険だもの』
三年前、十五歳を過ぎて年頃の娘になったアンネリーゼに、父と母はそう言ってヴェールを渡した。はじめて街に行ったのは、ヴェールをつけはじめてからだ。
アンネリーゼは今も、その約束を守っている。
いつもの普段着にヴェールだけしているとどうにも浮いてしまうから、ドレスと手袋も身に着けた。服装を変えると、いかにも森で薬を作っている魔女のような姿になる。
人とは不思議なもので、地味な服装をした若い女が売る薬よりも、森の魔女が売る薬のほうが効果があると信じ込む。
もちろん、アンネリーゼの薬は効き目がよいが、人前に出るときの服装も大事である。
せっかく売るなら、買ってもらいたい。
人前では顔をみせないという両親との約束も守れるために、黒いドレスは一石二鳥だ。
見た目が怪しいと、若い男に声をかけられることも少ない。
森に一人で住んでいる女は身持ちが軽いと思われがちだ。
だから、両親は身を守るために顔を隠すようにとアンネリーゼに言ったのだろう。
──畑で野菜をとって、香草を摘もう。鹿肉は燻製にしているものがある。
水瓶の水で喉を潤し、昼食に林檎を少し齧ってから、夕食の準備のために裏庭に出た。




