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【全年齢版】あなたの愛は、きっと私のものじゃない  作者: 束原ミヤコ


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ミドラー夫人とフュリア

 

 ◇


 アンネリーゼは庭園を歩きながら、庭園の奥にある林に生えている草や、庭園の花々などを観察していたらしく、ミドラー夫人が倒れるのを見たあとすぐに採取に向かった。

 アンネリーゼを一人にできないので、フュリアも同行した。

 ミドラー夫人──伯母の不調は、従兄のランディスからそれとなく聞いていた。

 彼女は近頃、屋敷にこもりがちだった。ラミア、ソルディーナ姫の教育係として姫君たちを指導し、彼女たちが嫁いだあとにレイチェル姫の教育係になった。


 だがあまりにもレイチェル姫の我儘と自分勝手さが目に余り、パーシヴァルが戦を終えて帰還し、血の粛清が起こったあとに──もう面倒みきれませんとパーシヴァルに言って、教育係を降りたのである。


 あの気の強い伯母がそんなことを言うなんてと、フュリアは驚いた。

 他人にも自分にも厳しい人だ。『偏屈でいう事を聞かない婆さん』などと、彼女の息子のランディスは言うが、フュリアにとっては尊敬できる伯母である。

 それほどまでに、レイチェルの態度が悪かったのだろう。

 だがそれだけではなく、体調が優れなかったのだ。

 彼女の不調を、ランディスもフュリアもあまり重く受け止めていなかった。

 なんせ気丈な人である。『余計な心配は無用よ』と、あれこれ尋ねると逆に臍を曲げてしまうようなところがある。


 だから、気にしていなかった。年齢もあり、少し疲れている程度のことだろうと思っていた。

 ルーテ妃の死が、伯母の心に影を落としていたことさえ、フュリアは知らなかった。

 アンネリーゼにだけ、彼女ははじめて話したのだ。

 アンネリーゼとは、なぜか心の内を話してしまいたくなるような、不思議な雰囲気を持つ女性である。

 他者に対して献身的な気づかいをいつも向けてくれる。それは彼女が薬師として働いていたからなのかもしれない。


 ラングフォードには薬師はあまりいない。いたとしても、怪しげな魔術の類だと思われて、信用されない。草や木の根を煮出したものが薬といわれても、馬鹿げていると思うもののほうがずっと多いのだ。

 それなのに、伯母はすんなりアンネリーゼの薬を飲むと言った。

 それほどまでに、もしかしたら伯母は辛かったのかもしれない。藁にも縋りたくなるほどに、その体は衰弱していたのに、誰もそれに気づかなかったのだ。


「アンネリーゼ様、それは」

「これは、エルシアードといって、こうして割くとどろっとした液体がでてくるでしょう? これが、胃の粘膜を保護してくれるのです。とても効き目のいい胃薬になるのですよ」


 アンネリーゼが野草を集めるのを、フュリアは手伝う。

 彼女は、フュリアにとってはなんだかよく知らない謎の草が、薬になるのだと教えてくれた。


 草や根を綺麗に洗い、細かく切ったり煮出したりして、液状の薬を作る。

 そのままでは苦いのだと言って、蜂蜜や薄荷を混ぜた胃薬は、フュリアも飲ませてもらったが飲みやすくて──むしろ、美味しいといってもいいぐらいだった。


 彼女は胃薬と、精神を安定させる香炉を作った。それから、栄養価の高い飲み物も。

 これは、甘酒という。これからの寒さにむけて生姜を入れた甘酒は、アンネリーゼの母がよくつくってくれたものだと、彼女ははにかみながら言っていた。


 勉強会でミドラー夫人が倒れそうになってから数日後、フュリアはアンネリーゼが作った薬瓶を抱えてミドラー夫人の元に急いでいた。

 ミドラー夫人こと、ミドラー・デュリエラの家は、皇城からほどちかい貴族街にある。

 夫はすでに他界し、宮内卿の地位は息子のランディスが継いだ。

 彼はパーシヴァルの側近の一人であり、年齢が近いことからも、ランディスとフュリアとパーシヴァルは幼馴染のような間柄である。


 フュリアが城の侍女として働き始めたのは四年前。フュリアは騎士を志していたが、女であるが故に認められず、家の方針に従い侍女になった。


 今から一か月前に突然城からいなくなったパーシヴァルがアンネリーゼを連れて帰ってきたときは驚いた。その世話をしろと言われたときにはもっと驚いた。


『余計な話をするな。アンネリーゼが逃げないように見張っていろ。彼女になにかしたら許さない。他の侍女のことも見ていろ。フュリア、頼んだ』


 パーシヴァルは、そんなことをフュリアに命じた。

 彼が、アンネリーゼの体に残酷なほどの所有の跡を残しているのを見て、フュリアは内心激しく動揺していた。

 騎士として訓練してきたフュリアは、感情を隠すのが得意だ。

 けれど──アンネリーゼという妖精のような美しい人に、こんなに無体なことをしたのかと、フュリアは己の主であり昔馴染みでもあるパーシヴァルのことが怖くなった。


 女性になど興味がないような顔をして生きていたのに、これほど深く激しい執愛をその心に住まわせていたのか。そして、パーシヴァルを獣のようにさせるアンネリーゼは、どれほど魔性の女性なのか、と。


 乱心をしたのか──と、思った。

 彼の人生には苦痛が多すぎる。毒殺されかけ、他国に逃げた。戻ってきたら皇帝が死に、十五歳で即位した。それから戦争をはじめ、周辺諸国を平定したと思ったら、弟による反乱。

 心も、病むだろう。パーシヴァルが行方知れずになったとき、フュリアは彼はもう戻らないかもしれないと思ったのだ。

 まるで、手負いの獣だ。死に場所を求めてどこかに消えた。


 乱心していたとしても、アンネリーゼがパーシヴァルをこの世に繋ぎとめているのなら──と、フュリアは覚悟を決めた。アンネリーゼの侍女として、彼女を守るのだ。

 彼女がどんな人間であっても受け入れようと、思っていたのに。


(あんなに可愛らしく、誠実で努力家で、健気で博識なんて……幽閉されて心を病まれるかと心配していたのに、今はそれを受け入れていらっしゃる)


 姫君たちや、パーシヴァルの妻になりたいと名乗り出る令嬢たち。彼女たちに比べると、アンネリーゼは無垢で純粋だ。けれどそれだけではない強さもある。

 それら全てが、フュリアの目には快く映る。


 見知らぬ土地で、心細いばかりだろうに。


「おばさま、ご加減はいかがですか? アンネリーゼ様からのお届けものです。おばさま? おばさま……っ」


 デュリエラ家に入ると、しんと静まり返っていた。

 ミドラー夫人を探すフュリアは、ふと廊下に倒れている女性をみつける。

 フュリアの大声に気づいて、使用人たちも慌ててやってくる。フュリアは青ざめる使用人たちに囲まれながら、ミドラー夫人を両腕で抱きあげた。


 男のランディスよりも力があることは、フュリアの微かな自慢だ。

 ベッドに寝かせると、ミドラー夫人は薄く目を開いて「また眩暈がしたのよ、ちょうどよいところに来たわね、フュリア」と、気丈な口調で言った。


 ミドラー夫人の悪い癖だ。人に頼りたからず、辛い時も平気なふりをする。だから彼女の不調に誰も気づかない。ランディスも『そのうち元気になるだろう』とあっさり言っていた。

 彼女を本気で心配したのは、アンネリーゼがはじめてだろう。


「まずは、胃薬を飲むように、と。それから甘酒を少しずつ飲んでください。眠れていないのなら、昼間からでもいいので香炉を焚いて、よく眠るようにとのご指示です。おばさま、薬を飲んでいただけますか?」


 いつもは、ここで拒否することをフュリアは知っている。いうことを聞かないのだ、この人は。

 けれど、思いのほかあっさりと「ええ」と、彼女は頷く。


「おばさま……?」

「なんなの、その、お化けをみるような顔は。アンネリーゼ様がわたくしをあれほど心配してくれたのよ。薬は、ありがたくいただくわ。息子だって、あんな風には心配しないわ。医者だってそのうち元気になると言ってばかりよ」


 人を見る目があるのだ。ミドラー夫人は昔からそうである。

 アンネリーゼのことはすぐに気に入ったのだろう。いくつか彼女を試すような質問をしていたとき、フュリアはひやひやしたが、アンネリーゼはミドラー夫人のお眼鏡にかなった。


 これはとても、珍しいことである。


 胃薬を飲ませて、少ししてから甘酒を飲ませた。美味しいと言いながら彼女は瓶をひとつあけた。それから、フュリアは香木を焚いた。


「これは、ルナローズの木です。私にとってはただの木なのですが、安眠効果がとても高いそうですよ」

「……ありがとう、フュリア。アンネリーゼ様にも、お礼をいっておいて。……こんなに穏やかな気持ちになったのは、ルーテを失くしてからは、久々よ」


 やがて静かな寝息が、部屋に響き始める。

 フュリアは使用人たちにあとを任せると、部屋を退室した。




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