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【全年齢版】あなたの愛は、きっと私のものじゃない  作者: 束原ミヤコ


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13/16

別れの日と、暴れ馬

 

 ──パーシヴァルと暮らし始めて、およそ一週間。

 まるでずっと昔から共に暮らしていたような安らぎと、そして不意に彼が見せる仕草や、触れ合う体に心臓が跳ねあがるような落ち着かなさを感じながら、アンネリーゼは過ごした。


 けれどそれも、もう終わりだ。

 彼の足の腫れは、快癒した。

 もう問題なく歩くことができる。馬に乗っての長旅も大丈夫だろう。

 パーシヴァルが森で失くした荷物は見つからなかったために、アンネリーゼは王都に帰るための路銀と必要なものを彼に渡すことにした。


「入用なものは、私が用意します。王都までは長くかかるでしょうから。もしよければ、弓やナイフもありますので、持っていって構いませんよ」

「そこまでしてもらう義理はない。だが、助かることは確かだ。せめて、お前の仕事を手伝おう。その手伝い料を、もらうことにする」

「そんなに気にしなくてもいいのに。でも……手伝ってくれるのなら助かります。よろしくお願いしますね」


 彼の提案に頷いてしまったのは──彼との時間をもう少しだけ享受したいという、甘えた気持ちからだったのだろう。

 自分のずるさを自覚しながら、アンネリーゼはパーシヴァルの申し出を拒絶することはできなかった。

 もう少しだけ、一緒にいることができる。

 そんな風に考えてしまう。


 両親を亡くしてからの生活は、それほど寂しかったのだろうか。

 それとも、パーシヴァルと共に過ごす時間が特別で、この特別がもっと続いて欲しいと願ってしまったからなのか。


 パーシヴァルに薬瓶などが入った荷物を持ってもらい、アンネリーゼはセゾンリーブスの街に向かった。

 ヴェールで顔を隠した黒いドレスの魔女姿のアンネリーゼについて、パーシヴァルは「よく似合っている。まるでどこかの姫のようだ」と褒めてくれた。

 そんなわけがないと恥ずかしがるアンネリーゼに、彼は極めて真剣な表情で「本当にそう思っている」と続ける。

 彼がアンネリーゼに向けてくれる親しみは、命の恩人だから、という理由からなのだろう。


 ありがたいが、同時に切なくもある。

 お別れだとわかっているのに、彼の言葉に乱されてしまう自分が、情けなくも感じる。

 ひとりでも、大丈夫だったはずなのに──。


 パーシヴァルは、すっかり綺麗になった自分の服を着ている。

 黒いシャツにウェストコートにマント。腰には狩り用のナイフをさしている。立派な兵士の姿だ。

 さぞ名のある兵士なのだろうとアンネリーゼは尋ねたが、「無名な一般兵だ」としか、彼は言わなかった。


「これは、セルニアの花。一週間前にはありませんでしたが……」

「その花がなにかあるのか?」

「いえ、なんでもありません。考えすぎですね」


 街に辿りつくと、市場から続く大通りへの馬車道の両脇にある花壇に、小さな青い可憐な花が植えられている。

 その花で花壇は統一されている。誰かの意向で植えられたものなのだろう。

 多少の興奮作用が含まれている花だ。だが、それも煮出して成分を抽出した場合である。人体には大きな影響はないだろう。


「花が、好きか」

「ええ、好きです。植物と共に暮らしているようなものですから。薬にならない植物のほうが少ないのですよ。不思議ですよね、人間と植物は違う存在なのに、互いに大きな影響を与えあって生きています」

「……そうだな。お前になにか、花を贈ろう。なにがいい?」

「花……? どうして……」

「感謝の気持ちとして。といっても今の俺は無一文だが。今日の給金をもらえたら、それで買おうか」


 アンネリーゼは、それではパーシヴァルの路銀がなくなってしまうと、明るく笑う。

 そんな話をしていると、市場についた。

 花が欲しいと、アンネリーゼは言わなかった。

 そんなことをされては──彼と、よけいに離れがたくなってしまう。


 いつものように市場で開店の準備をするアンネリーゼの傍には、パーシヴァルがまるで護衛のように佇んでいる。人々はあれは誰だと噂した。


「魔女には兄がいたのか」

「なんだか怖いけれど、美しい人ね」

「魔女の家族だろうか」


 そんな密やか声が聞こえてくる。パーシヴァルは気にしていないようだ。

 アンネリーゼも、森で助けた兵士だ──などと、話ができるような、個人的に親しい相手はいない。

 人々は薬を買いながら、好奇の視線をパーシヴァルに向けている。

 アンネリーゼには、羨望の眼差しを。

 それぐらい、パーシヴァルは見栄えのいい男だ。


 今日は特に、女性客が多かった。あっという間に薬が売り切れ、アンネリーゼの手元には金だけが残った。


「お前の薬は、評判なのだな」

「ありがたいことに、よく買っていただいています。でも、今日はいつもよりも売れ行きがよかったです。パーシヴァルさんがいたおかげですね」

「俺はなにもしていない」

「隣に立っていてくれるだけで、十分貢献してくださっています。王都では、きっとあなたは女性から人気なのでしょうね」


 アンネリーゼは店じまいをしながら言う。

 今の言葉は、あまりよくなかっただろうか。

 純粋に彼の美貌を賛辞したつもりだったのだが、なんだか拗ねているようにも聞こえてしまう。


「……妬いているのか?」


 案の定、パーシヴァルにもそれが伝わってしまったらしい。

 興味深げにそんなことを尋ねられたので、アンネリーゼはヴェールで隠れている顔を振った。

 顔が隠れていてよかった。表情を見られていたら、動揺が悟られてしまう。


 そんなつもりはないはずだ。

 たった一週間、共に暮らしただけ。でも──本当に、それだけなのだろうか。


「危ない!」


 違う──と否定しようとしたとき、誰かの声が鋭く空気を引き裂くように広間に響く。

 がらがらとなにかが倒れる音、ばきばきとなにかが壊れる音が、アンネリーゼの体を揺らす。

 視線を向けると、馬車道から荷馬車が市場に向かって突っ込んできている。

 馬車道には、御者が腰を抜かしてへたりこんでいる。なにが起こっているのかわからないというような表情で、唖然と暴走する馬を凝視していた。


 一頭引きの、小さな荷馬車だ。荷馬車に乗っていたのだろう林檎が、道に散乱している。

 市場のテーブルや椅子、小さな露店などにぶつかり大きな破壊音を立てて壊しながら、馬は目を興奮にぎらぎらさせて、口からは涎を垂らしながらひたすら真っすぐに突き進む。


 その先に──大きなくまのぬいぐるみを抱えた、幼い少女がいる。

 上質な青いエプロンドレスを着た、十歳程度の可愛らしい子供である。

 彼女はきょとんとした顔で、暴走する馬を見ている。まだ、目の前の光景に理解が追いついていないのだ。


「駄目……っ」


 アンネリーゼの脳裏に、冷たくなっていくケイオスの記憶が蘇る。

 そして、病床で静かに息を引き取るアンネマリーの記憶も。

 次の瞬間、頭の中でセゾンリーブス大森林が、ごうごうと炎をあげて真っ赤に燃える。


 呼吸が早まり、背筋に冷や汗が滲む。

 まるで世界がゆっくりと動いているかのように感じられる。

 少女が馬にひき殺される情景が、燃える森に重なる。


 アンネリーゼは考える前に駆けていた。転がるように少女の元に向かい、小さな体を両手に抱くと自分の体で彼女を庇う。


 きっと──ここで、死ぬのだろう。

 暴走する馬に踏まれたら、無事でいるほうが難しい。

 痛みと衝撃を想像して、きつく目を閉じる。腕の中にある少女のぬくもりを感じた。



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