芽生え
彼が入浴している間に、作っておいた傷薬を煮沸消毒した瓶につめていく。蓋をして密閉すると、薬瓶ができあがる。小さな切り傷や、火傷などにも有効な薬だ。
怪我の多い、子供のいる家庭や、兵士たちや肉体労働の者たちがよく購入してくれる。猟師などもそうである。
別れ際にパーシヴァルにも渡そうと、彼の分は別に分けて作った。
大きめの瓶に薬を詰めていく。
足の腫れ具合からして、あと数日で馬に乗れるようになるだろう。
アンネリーゼは手をとめて、目を伏せる。
『あんた、セゾンリーブスに一人で住んでるんだろ。その隠れた顔を見てみたいね。隠されたものに、男は興味をそそられるんだ』
『ここにある薬を全部買ってやるから、一晩どうだい?』
『金に困ってるんだろ。俺につきあってくれたら、幾らか工面してやってもいい』
薬を売っていると、声をかけてくる男たちがちらほらといる。
若者から、壮年の男までさまざまだ。
危険な目にあったことはないが、嫌な思いは──ひとりで薬を売るようになってからは、かなり多い。
アンネリーゼの発育がそう悪くないせいもあるのだろう。顔を隠していても、体つきは隠せない。
恋人がいたり、家庭がある者でさえ、アンネリーゼとの一夜の遊びを求めてくる。
森に一人で住む若い女が、奇妙で珍しいのだ。
奇妙で不気味なアンネリーゼを抱いたとしても、それは男の勲章にはなるが、傷にはならない。
飲み屋で『あの魔女を抱いた』などと言って笑うのだろう。
想像するだけで、害虫を目にしてしまったような嫌悪感に鳥肌が立つ。
「パーシヴァルさんは、違う」
野卑な笑いを浮かべる男たちとは、なにもかもが違う。
彼はアンネリーゼを美しいと褒め、無防備だと咎めた。
剥き出しの欲望を向けてくる男を、アンネリーゼは苦手だと感じていた。けれど彼には一切そういうところがない。
あれだけの美貌だ。おそらく、女性には不自由したことがないのだろう。
もしくは、王都で恋人が待っているかもしれない。
一人きりになると、いつもの静けさがやけに心もとなく、沈黙がアンネリーゼの心を鉄の鎖で締めつけてくるようだ。
誰かがいて、話ができるというだけでこんなにも──心が浮足立ってしまうのか。
それとも、相手がパーシヴァルだからそう思ってしまうのか。
彼に親しみを感じてしまっている。それがいいことなのか、アンネリーゼにはわからない。
ややあって、パーシヴァルが戻ってくる。
腰に布が巻かれていて、雑に体を拭いた形跡があるが、黒髪からは雫がぱたぱたと滴り落ちている。
「ど、どうしました、なにかありましたか……っ」
獣でもあらわれたのだろうかと、アンネリーゼは慌てて椅子から立ちあがる。
剥き出しの上半身を凝視してしまい、アンネリーゼは頬を染めて視線を逸らした。
筋肉質で逞しい。瑞々しい男性の体だ。髪から落ちた水滴が流れて、濡れている。
「どうもしていない。風呂からあがっただけだが」
「まだ濡れていますよ」
「そのうち渇く」
本当にそう思っていそうな彼の元に、アンネリーゼは乾いた布を持って近づいていく。
できるだけ彼の体を見ないようにしながら、そして内心の動揺に悟られないようにしながら、なんでもないように口にした。
「もしかして少し面倒臭がりなのですか。拭いてあげますから、座ってください」
「お前がそうしたいのなら、好きにすればいい」
「そうしたいから、そうしますね」
椅子に座らせた彼の髪を、アンネリーゼは丁寧に拭いていく。
黒髪は艶やかで、首は太い。背にも筋肉の隆起がはっきりとわかるほどに、彼はよく鍛えられている。
本当に、ただの兵士なのだろうか──と、ふと思う。
もしかしたらもっと名のある、たとえば将軍などではないか。その雄々しさは、同時に気品も感じるものだ。
でも、聞けなかった。自分でもなぜなのかは、わからない。
彼のことを深く知るほどに、彼が王都に帰ってしまう日が早まってしまうような気がしていたからかもしれない。
「……お前は、誰にでもこういうことをするのか?」
ふと、彼が低い声で呟くように言う。
「しません。街では顔を隠しています。この場所を誰かに教えたこともありません。家族以外の人とこんなに近くで過ごすのは、あなたがはじめてです」
「見ず知らずの男だ。怖くないのか」
「いいえ。話していれば、怖い人かどうかはわかります。……あなたの傍にいると安心できます」
素直に感じていることを伝えると、パーシヴァルは驚いたように振り向いてアンネリーゼの顔を食い入るように見つめた。
どくりと、心臓が跳ねる。その緋色には、アンネリーゼの知らない熱が籠っている。
涼しい部屋の温度が、どうしてかあがっていくようだ。アンネリーゼは、ふっくらとした唇から、いつの間にか止まっていた空気を吐き出した。
それでも息が苦しい。
部屋に満ちる沈黙の中で、彼はアンネリーゼの指に自分の指をそっと触れさせる。
その指の熱さにアンネリーゼは戸惑う。
心臓の奥に熱がともり、全身に広がっていくようだった。
「……っ」
なにか、いけないことをしているように感じて、アンネリーゼは彼からぱっと手を離した。
「あ、あとは、自分でできますよね……っ、私もお風呂に入ってきますね……!」
あとは自分で拭くように伝えて、足早に部屋から出る。
パーシヴァルがどんな顔をしていたのか、見ることはできなかった。
逃げるように、風呂に向かう。
ひとりきりになって、アンネリーゼは胸を両手で押さえた。
顔が真っ赤に染まっている。呼吸がいつもよりも早い。
パーシヴァルの指は硬くて、熱かった。
「私、どうしてしまったの……」
ともかく、風呂に入ろうとアンネリーゼは手早く服を脱ぐ。
きっと、慣れないふたり暮らしで、緊張しているのだ。
星空の下で湯船に浸かる。いつもの綺麗な夜空が頭上に広がっている。
心を落ち着かせる薬草の香りがしているのに、妙にそわそわと落ち着かない気持ちのまま、アンネリーゼは切なく目を伏せた。




