日々
昼過ぎになり、アンネリーゼは作業を終えた。
煮出したウルスの葉のエキスを油に混ぜてしばらく置いておく。すると、傷薬になる。
大きなボウルにそれを作って、おいてある。あとは小瓶につめるだけだ。
パーシヴァルは、大量の薪を割ってくれていた。しばらく薪割りをしなくてもよさそうなほどに、薪棚に薪がみっしりとつめられている。
「わぁ、ありがとうございます、パーシヴァルさん。とても助かりました」
「この程度でよければ、いつでも手伝おう」
「はい。でも、あまり甘えるわけにはいきません。いつもは全部ひとりで……あぁでも、パーシヴァルさんがいる間だけは、甘えていいのかな、ともかくありがとうございます」
休憩にしようと、アンネリーゼはパーシヴァルと共に部屋に入る。
クルミ入りのパンを焼いて、かぼちゃのスープを作る。彼は静かに昼食を口にした。
「熱いですから、気をつけて」
「……温度のある食事とは、旨いのだな」
「もしかして従軍中はあたたかいものが食べられないのですか? 携帯食は美味しくないと聞いたことがあります」
昔ケイオスが、そんなことを言っていただろうか。
『携帯食なんてものは、食えたものじゃないな。……セゾンリーヴスの調査をしたいとトルクメニア兵に言われて案内したことがある。その時に分けてもらって食ったが、まずかった』
確か、狩りの最中の食事について、話しをしていた。
手軽に食べられるものがあればいいのにとアンネリーゼが言うと、干し肉を齧っていたほうがましだと彼は肩を竦めた。
「……そうだな。石か、砂を齧っているようなものだ」
湯気の出るかぼちゃのスープを口にして、パーシヴァルはもう一度「旨い」と褒めてくれた。
アンネリーゼは気恥ずかしくはにかんだ。
パーシヴァルは寡黙で、自分からはあまり話さない。とはいえ、彼からは猜疑心や冷たい拒絶は消えているように感じる。
どこまで、なにを聞いていいのか悩みながらも、アンネリーゼは彼について尋ねることにした。
「ラングフォード皇国は、トルクメニアを解放したあとに、ルドベキア三国連合を倒したのですよね。パーシヴァルさんも従軍していたのですか?」
「あぁ」
「戦とは、怖いものですよね」
アンネリーゼはそれを知らない。けれど、剣を持って戦うことを考えるだけで背筋に冷たいものがはしる。
人と人が、殺し合うのは──とても、怖い。
「さぁ、どうだろうな。恐れをかきけしてしまう感情がある。それは怒りや憎しみといったものだ。だから、怖いと感じたことはない」
「怒りや、憎しみ……?」
「ラングフォードと、三国連合の境にトルクメニアがある。ラングフォードで暮らすトルクメニア人も多い。親しみを感じている国が野心を持った者たちによって蹂躙されたのだ。怒りは、感じる」
「パーシヴァルさんは、私たちのために戦ってくれたのですね。もしかしたら、皇帝陛下のパーシヴァル様も同じなのかもしれません。命を危険に晒してまでトルクメニアを解放してくださって、ありがとうございます」
もしかしたらルドベキアの支配がもっと長くなれば、アンネリーゼも無事ではなかったかもしれない。
両親は、ルドベキアの支配の最中はあまり街に行きたがらなかった。
できるかぎり、セゾンリーブス大森林から出ないようにしていた。
けれどそれでは暮らしていくことが難しい。アンネリーゼにも社会を教えるために、週に一回は街に行き、ルドベキア兵に目を付けられないようにしながら市場で薬や干し肉を売っていた。
今の平穏があるのは、ラングフォード皇帝のおかげだ。
両親が亡くなってからひとりで街に行くようになったが、アンネリーゼは危険な思いをしたことがない。
アンネリーゼがひとりきりになる前に、ルドベキアの支配が終わったことが大きいのだろう。
パーシヴァルはしばらく黙っていた。
それから、「感謝をされるようなことはしていない」と言って、アンネリーゼから視線を逸らした。
食事を終えて、汗を流すために風呂を沸かすことにした。
風呂桶に水をためて、薪で火を起こす。適温になるのを、アンネリーゼはお湯に触れて確認した。
パーシヴァルの怪我が早く治るように、炎症によく効く薬草を湯の中に入れる。
これは、清涼な香りがして気分も安定するものだ。
「怪我が早く、治ったら……」
もう彼に、二度と会うことはないのだろう。彼は王都に帰るのだ。
アンネリーゼは夕方の空を見あげる。橙色に染まる空の色は、まるでアンネリーゼの心と同じ。
少しの寂しさを、感じてしまっている。
一人の時間が長すぎたのだろう。いつかアンネリーゼも、アンネマリーがケイオスと結婚したように、よい相手と出会うことができるのだろうか。
ワーグナーの血筋はアンネマリーにある。ケイオスは狩人だった。セゾンリーブスの森で怪我をしていたのをアンネマリーが助けた。その縁で、結婚することになった。
パーシヴァルとアンネリーゼにもその出会いは重なるが、ケイオスはセゾンリーブスの狩人だが、パーシヴァルはラングフォードから来た兵士だ。
彼には、帰る場所がある。
アンネリーゼも──いつか誰かと、この森で子を産み、育てる。
ワーグナー家の者たちが、ずっとそうしてきたように。
どうしてだろうと、ふと疑問に思う。
代々、そうして暮らしてきたからだ。でも、街に降りた血族はいなかったのだろうか。
そういえばアンネリーゼは、両親以外の家族をよく知らない。
尋ねる前に、両親は亡くなってしまった。
「パーシヴァルさん、お風呂に入ってください。沸かしましたよ」
「外にある、あれに?」
「はい。ランプも置きましたので、暗くて怖いことはないですよ。今の時間は、空に星がたくさんあって、すごく気持ちいいのです。だから、ぜひ」
「……恥じらいはないのか?」
「え……っ」
よかれと思ってパーシヴァルを誘ってみたが、彼はやれやれと首を振る。
恥じらい──は、もちろんある。アンネリーゼも年頃の娘だ。
けれどずっと、森で生活をしてきたから、もしかしたら少し世間とのずれがあるかもしれない。
今の誘いも、一緒に入ると思われたのだろうか──。
「い、一緒には、入りませんよ? パーシヴァルさんが入浴中は、私は家から出ませんので。私がお風呂に入っているときも、パーシヴァルさんは見ないでくださいね。見ないでというほど、立派な体でもありませんが」
慌てて弁明して、入浴中は傍にいかないときちんと伝える。
自分のことも見るなと伝えるのはかなり、気恥ずかしい。そこまで言うほどにたいした体はしていないと、自分では思っている。
パーシヴァルはじろりとアンネリーゼに咎めるような視線を送る。
「お前は美しい。自覚したほうがいい」
「あ、ありがとうございます。お世辞でも、嬉しいです」
「世辞ではない。そんなものを言う口は、持ち合わせていない」
そんなに熱心に美しいと褒められると、胸が高鳴ってしまう。
慣れていないのだからやめて欲しいと、アンネリーゼは染まった頬に手をあてて冷やした。
パーシヴァルの背を押して、外にある風呂に連れていく。
彼は深く息を吐いて、それから、大人しくアンネリーゼに従ってくれた。




