薬師の仕事
翌朝目覚めると、パーシヴァルはすでに起きていて、ソファで自分の足の怪我を確認していた。
まだ腫れは残っているが、添え木は必要なさそうである。
寝起きのアンネリーゼは目をこすりながら彼の元に向かう。手櫛で髪を整えて、ずるりと肩から落ちそうになっている、首がざっくり開いている寝衣をひきあげる。
「無防備では」
ちらりとアンネリーゼを見て、パーシヴァルは開口一番そう言った。
「おはようございます、パーシヴァルさん。無防備?」
「俺は男で、お前は女ということだ」
「あぁ、ごめんなさい。見苦しかったですね。つい、いつもの癖で。気をつけます」
胸元が見えていないかを、アンネリーゼは確認する。寝るときは、下着を外してしまう。息苦しいからだ。
明日からはきちんと着替えてから、彼の前に来ようとアンネリーゼは思う。
「見苦しくはないが……周囲を見て回った。風呂も外にある。誰かに見られたらどうする?」
「誰もいませんから、大丈夫ですよ」
「お前は、自分が美しいことを自覚していないのか」
「美しい、私が?」
朝からなにを言うのだろうと、アンネリーゼはころころ笑った。
魔女として忌避されることはあっても、家族以外に美しいと言われたことなど一度もない。
母はアンネリーゼに美しいから顔をヴェールで隠せと言ったが、それは建前だ。
単純に、アンネリーゼを守るためにヴェールをつけさせたかっただけだろう。
もちろん人前では顔を隠しているからということもあるが、アンネリーゼは他者からの評価について、自分のことを『怪しい女』以外に考えたことがなかった。
「褒めてもなにもでませんよ。ううん、でも、食事が一品増えるかもしれません。パーシヴァルさんは好きな食べものはありますか?」
「特にない」
パーシヴァルは額に手を当てて、呆れたように嘆息した。
彼の元に近づいていって、アンネリーゼは腫れた足に軟膏を塗って包帯を巻いた。
両親以外から、美しいと褒められたのははじめてだ。世辞かもしれないが、案外気分がいいものだ。
「はい、できました。痛みはどうですか? よく眠れましたか?」
「あぁ。鎮痛剤がよく効いた。薬のおかげで、思いのほか腫れがひくのが早い。お前は優秀な薬師だな」
「今日はたくさん褒めてくれますね」
朝食を食べ終わると、アンネリーゼは日課の薬草摘みに向かう。
パーシヴァルはアンネリーゼの傍を離れず、一緒についてきた。ベッドで寝ていろと伝えたが、「体がなまる」と、いうことは聞いてくれそうにない。
強情なところがある人だ。だからこそ、森の奥で遭難したのだろう。
家の周囲に、森の奥から摘んできた薬草を植えて、いつでも収穫できるようにしている。
「三つに分かれた葉は、べニアの葉。これは鎮痛作用があります。弓のように長い葉は、エンチアードの葉。これは咳止めの作用があって、小さな葉が絨毯のように土を埋め尽くしているのは、グズリの葉。これは根に、解毒作用があります」
パーシヴァルに薬草畑について説明すると、彼は感心したように頷いた。
「さすがに、詳しいな」
「薬を売ってお金をもらっていますので、詳しくないといけません。薬は、毒にもなりますから。知識はとても大切だと、母から教わりました」
他にもいろいろあるが、全部説明していると日が暮れてしまう。
今まで作っておいた薬は、昨日売れてしまった。
また売りにいくために、今日からまた作る必要がある。
薬を作るには時間がかかり、一人でできる作業には限りがある。アンネリーゼは薬を作り、食事をして眠り、また薬を作るような日々を送っている。
裏庭の大釜に水を入れて、かまどに薪をくべて煮立たせる。葉を入れて煮出していくのを、パーシヴァルは興味深げに眺めている。
「楽しいですか?」
「楽しいというよりは、感心している。お前はまだ若いのに、よく働く」
「ふふ、あなたも同じぐらいの年齢に見えますけれど。私は今年で十九歳になります。あなたは?」
「──今は、二十一」
「ほら、若い」
威厳と迫力のある見た目のためか、もう少し年上に見えた。
だが、パーシヴァルはアンネリーゼと三歳しか変わらない。
そう年齢が変わらないのに、まるで幼い少女のように扱ってくる彼が面白くて、アンネリーゼは釜をかき混ぜながら笑った。
いつもは静かな裏庭に、アンネリーゼの明るい笑い声が響く。
アンネリーゼがパンくずをまいてあげたので、小鳥たちがやってきている。小鳥たちもいつもよりも嬉しげに、草むらの中を跳ねている。
「……偶然に、過ぎる」
「どうしました?」
パーシヴァルがなにかを呟いた気がして、アンネリーゼは首を傾げる。
彼はなんでもないと首を振る。それから、「俺にできることはあるか?」と尋ねた。
「力仕事なら、手伝える」
「座ったままでできる仕事……でしたら、薪割りをお願いできますか?」
「あぁ、かまわない」
アンネリーゼが頼むと、彼は裏庭の切り株に座って薪を割り始める。
鉈を降りおろす動作が、とても様になっている。普段から鍛錬しているはずなので、当然だが、なんだかケイオスが戻ってきてくれたような頼もしさを感じる。
出会ってからまだ、二日目だ。
それなのに、彼はアンネリーゼの日常に溶け込みはじめている。




