第5話 さよなら、私の処女と心
——それは、数週間前の雨の日から始まった。翔太の家は、親の不在がちで巨大な一軒家だった。
放課後、翔太の脅迫めいた呼び出しに応じ、恐る恐るその足を踏み入れた私を待っていたのは、暗闇と冷酷な悪意だった。
「来なかったら、お前の親にも学校にも、お前が俺の家にお金をもらいに来たって吹き込んでやるよ。清楚な白石さんが万引きした噂だって流してやる」
嘘八百の脅迫。だけど、私にとって、それは人生を終わらせるに十分なナイフだった。
最初にカメラを向けられた時、私は泣き叫び、必死に抵抗した。
「やめて! お願い、翔太くん、やめて!」と何度も懇願した。
しかし、翔太の目的は私の肉体そのもの以上に、私の「清廉さ」を破壊し、陸との絆を泥で塗りたくることだったらしい。
三脚に固定されたスマートフォンのレンズが、怯える私の姿を無機質に捉え続ける。
翔太の行為は粗暴で、残忍だった。
抵抗すればするほど激しくなる暴力と脅迫。私の心は、恐怖によって砕け散った。
だが、翔太の恐ろしさはそこからだった。
ただ暴力を振るうだけでなく、翔太は巧みに私の身体を壊していった。
何度も何度も絶望を叩き込み、嫌がる真央の身体に「快楽」の回路を強引に焼き付けていったのだ。
「ほら見ろよ、口じゃ嫌がってても、身体は正直だぜ真央姉ちゃん」
「ちがっ……ちがう……こんなの……っ!」
「陸兄ちゃんはお前をそんな風にしてくれたか? あいつはお前を抱く度胸すらないヘタレだろ? 俺の方がいいだろ?」
耳元で囁かれる絶望的な言葉。
恐怖と屈辱の極限状態で与えられる激しい刺激に、私の脳は徐々に麻痺していった。
否定すればするほど、拒絶すればするほど、与えられる刺激に対して過剰に反応してしまう肉体。
最初は「陸を守るため」「動画を消してもらうため」という言い訳を胸に耐えていた。
しかし、回数を重ねるごとに、その言い訳は徐々に薄れ、ただ翔太から与えられる圧倒的な快楽に身を委ねる時間へと変化していった。
清純で、真面目で、誰よりも欲に疎かった純白を保つ身体から、一枚また一枚と剥がされていく。
「嫌……嫌なのに……あ……っ!」
カメラの前で、黒髪を乱し、涙を流しながらも淫らな声を漏らしてしまう自分。
その壊れていく自分自身の姿をレンズ越しに認識した時、今までの「清楚な頃」の心は、完全に崩壊していった。
私はもう、陸の待つ光の世界には戻れない場所まで落ちてしまっていた。
◇◆◇
真央の崩壊は、学校での振る舞いにも不気味な形で表れ始めていた。
真央は相変わらず、学校では第一ボタンまで留めた綺麗な制服を着て、誰にでも礼儀正しく接していた。
先生からの信頼も厚く、クラスの誰もが彼女を「清楚な優等生」と信疑わなかった。
だが、俺だけは知っていた。
彼女のまとう空気が、以前のそれとは決定的に異なっていることを。
放課後、誰もいなくなった教室で、俺は真央の前に立った。
「真央……話し合おう。お願いだから、避けないでくれ」
「……話すことなんて、何もないよ」
真央は視線を合わさず、淡々とカバンに教科書を詰め込んでいる。その横顔は冷ややかで、以前の温もりはどこにもなかった。
「嘘だ! 翔太に何をされてるんだよ!? あいつに脅されてるんだろ!? 俺に話してくれよ、警察にだって……!」
「は……警察……?」
真央の手が止まった。
ゆっくりと顔を上げた真央の瞳には、感情の光が一切宿っていなかった。まるで精巧に作られたガラス玉のようだった。
「──陸に何がわかるの?」
「え……」
「何も知らないくせに、勝手なこと言わないで。私は脅されてなんていないよ……。」
「そんなの嘘だ! じゃああの痣は!? あの噛み痕はなんだよ!?」
俺が必死に叫ぶと、真央はふっと悲しげに、そしてどこか蔑むような嘲笑を浮かべた。
「これは……私が望んでもらったものだよ」
「……は?」
「陸は、私に何もしてくれなかったでしょ? 『ずっと一緒』だなんて甘い言葉だけで、私を抱きしめてもくれなかった。傷つくのが怖くて、ずっと逃げてただけでしょ?」
刺すような真央の言葉が、俺の胸を深く抉る。
「翔太くんは違うよ。私を全部奪ってくれた。……もう私に構わないで、陸。私はもう、陸の知ってる真央じゃないの……。」
「真央……っ!」
俺が手を伸ばそうとした瞬間、真央は冷たく言い放った。
「……触らないでって言ったでしょ。気持ち悪いの」
『気持ち悪い』——その一言が、俺の頭を強く殴りつけた。
真央は一度も振り返ることなく、教室を出て行った。一人取り残された俺は、ガタガタと震える膝を押さえることしかできなかった。
真央の瞳の奥にあったのは、罪悪感だけではなかった。
自分の体を汚した翔太への恐怖と——それに反比例するように深まっていく、抗えない性衝動への溺絶。
清楚な皮を被ったまま、彼女の心身は完全に性欲の狂気へと侵食されていた。




