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あの時 満開の桜の下で私たちは  作者: 綾瀬 桜


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動き出す季節2 圭太郎side

 在来線の出入り口とは比べ物にならないくらい、人の波がすごい。どこを見ても、人、人。

 ガサッ。

「すみません!」

「こちらこそ、すみません」

 また、大きな紙袋が、腕にぶつかる。


 動き回ったって仕方がない。そう、分かっているのに。

 予定の時刻を過ぎても現れない彼女の姿を、探さずにはいられなかった。


「河野っ、さんっ!」

 やっと改札口から出てきた彼女は、いつかの待ち合わせの時のように、息を切らしていた。

「すっ、すみ、ません……っ、まよっ……」

「大丈夫だから、ゆっくりでいいよ」

「はい……っ」

 彼女が肩で息をしながら、必死に返事をしてくれる。

 ……あぁ。どうして君は。いつも、そんなに。

 苦しそうな君を見て、愛おしいと思ってしまうのは……いじわる、なのだろうか。


「あのっ」

 息を整えた彼女が、こちらを見つめる。

「すみません。最寄駅まで行くつもりだったのに……」

「いいよ。こっちは路線も多くてややこしいし。僕だって、まだよく分からないし」

「ありがとうございます。……あのっ」

 彼女が、まっすぐ僕を見つめる。

「きっ、来ちゃい、ました……」

 彼女の頬が、じわじわと赤く染まっていく。

「うん。さすがに驚いたよ」

「だって!」

「だって?」

「あんな手紙もらったら……ほっ、他にっ、どうすればいいんですかっ」

 彼女が恥ずかしそうに視線を逸らす。

「……」

「言いたい、ことがっ、たくさん、あるんです……」


 今、これ以上。聞くのは、やめよう。そうでないと……

 込み上げてくる感情を、なんとか胸の奥に留める。


「とりあえず、どこかお店に入ろうか」

「はい」

「……いい?」

「え?」

「手、繋いでも」

「……っ」

 差し出した手を、彼女がそっと握る。

「……寒かった?」

 久々に握る彼女の手は、ひんやりしていて。

「というか、結構薄着じゃない? 大丈夫?」

「飛び出してきちゃったのでっ。でも、大丈夫です」

 少しずつ、彼女の手が温まっていく。

「お母さんには、言って来た?」

「あーーーっ!」

 手から、彼女が飛び跳ねた感覚が、直に伝わってくる。

「後でちゃんと言おうと思ってたのに! 忘れてました!」

「じゃあ、まずは連絡しようか」

 そっと、彼女の手を離す。

「はい!」

 彼女が、急いで携帯を取り出して、電話をかける。

「もしもしっ。お母さん、あのね……」


 彼女の横顔を、そっと盗み見る。

 ……やっぱり、いいなあ。

 幸福感をじっくりと噛み締めながら、電話が終わるまでずっと。彼女を見つめ続けた。


「あのっ、終わりました!」

 彼女が、こちらを見上げる。

「お母さん、なんて?」

「帰る時、また連絡してって。あと、お土産よろしくって……もう」

 彼女が溜め息を漏らす。

「そっか。お母さん、抹茶、好きなんだよね?」

「はい、とても」

「じゃあ、後で一緒に探そう。ありすぎて悩んじゃうね」

「ですね」

 彼女が今日初めての、柔らかい笑顔を見せる。

「あの、この近くに、カラオケってありますかね?」

「え? どうかな」

「そのっ、カフェだと……他の人にっ、聞かれちゃうから、話しにくくて。そういえば前に、河野さんとカラオケで話したなって。思い出して」

「分かった、探してみる」

「ありがとうございます!」


 ありがとう、は僕の台詞だよ。

 君は、どんな言葉で。あの手紙の返事をくれるのだろう。

 僕は、どんな気持ちでいれば。最後まで、その言葉を聞けるのだろう。

 

 そう思いながら、携帯で調べ始めた。

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