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あの時 満開の桜の下で私たちは  作者: 綾瀬 桜


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動き出す季節1 圭太郎side

 杖を握る手は、寒さで少し感覚が鈍い。

 そろそろ、手袋をした方がいいだろうか。……手袋、か。

 立ち止まって、空を見上げる。

 冬仕様の奈月ちゃん、可愛いだろうなあ。

 また、彼女のことを思い浮かべる。初冬の冷たい空気が体に染みて、思わず身震いする。


 もう、そんなことを考えたって、仕方ない。そう、諦めようとした。

 彼女のことを考えて、胸を熱くするのは。彼女のことを想って、胸を苦しめるのは。もう、やめよう。

 そう、自分に言い聞かせたのに。

 ずっと、ずっと。彼女の顔が。頭から、離れない。


 君は、今。どんなふうに毎日を過ごしているのだろう。

 僕は、今。君を失った苦しさに耐えるのに必死だよ。


 誰にも届かない声を、空に虚しく響かせた。


 家に帰ると、手が勝手に、ポストへと伸びる。

 ……手紙なんか、来るわけないのに。

 今日もまた、同じ結果に肩を落とす。


 自室に入り、ベッドの上に仰向けで寝転がる。

 引っ越して、約三週間。この部屋にもだいぶ慣れてきた。ここは自分の部屋なんだ、って思えるようになってきた。それでも。

 彼女に会えない日々には、ちっとも慣れない。


 元気にしてる? 泣いたり、してない?


 もう何度も携帯に打ち込んだ言葉を。また打ち込んで、慌てて消す。


 返事ちょうだい、その手紙の。待ってるから。


 自分で、そう言ったじゃないか。

 携帯を、パタンと閉じる。


 三週間経っても、返事が来ない。それは、つまり。

 彼女の中で、僕は過去の人なのだろう。そう、思うしか。

 そもそも。彼女にとって、僕は一体。どんな存在だったのだろう。

 好意を持ってくれている、と僕が思い込んだだけなのかもしれない。

 離れてみたら、単なる年上のお兄さん、だと気付いたのかもしれない。

 どちらにせよ。

 彼女が、僕のそばにいない人生を選んだのなら。

 僕は、それを受け入れるしかない。……それでも。


 一人で、泣いたりしてない?

 一人で、立ち止まったりしてない?


 泣くなら。せめて、僕の前で。

 そうしてくれたら、何よりも真っ先に、君の涙を拭うから。

 泣くなら。どうか、僕の前だけで。

 他の誰にも、君の涙を拭わせたくないから。


 ……わがまま、だよな。

 目頭を、グッと押さえる。


 ピコン。

 無音の部屋に、小さな電子音が響く。

 動く気力が湧かなくて、腕だけを伸ばして、携帯を掴む。


 えっ。

 画面の文字が目に飛び込んだ途端、バッと飛び起きる。

 奈月、ちゃん!?

 待て、待て。

 どんなことが書いてあるかも分からない。

 深く、深く。深呼吸をする。そして、震える指先で本文を開く。


 今日、やっと手紙を読みました。すみません。今から会いに行きます。返事を、する為に。


 ……奈月、ちゃん。ごめん。

 携帯を握る手に、力がこもる。


 きっと。ずっと。苦しませてしまったね。

 何が書いてあるか、不安だったよね。ごめん。

 きっと。たくさん泣かせてしまったね。僕のせいで。ごめん。

 手紙の内容も。重たすぎた、よね。

 あの時は、僕も自分のことで精一杯で。君に、想いを伝えるのに必死で。

 だから、読んだ君がどう受け取るか。そこまで配慮できなかった。ごめん。


 でも。

 君は、ちゃんと受け止めてくれたんだね。

 君は、返事をしない、なんて選択肢を選ばないよね。たとえ、どんな答えになったとしても。


 ありがとう。そして。

 会いに来てくれるということは。君も……


 わざわざ来なくても、とか。

 電話でも大丈夫だったよ、とか。

 そんなことは、言えない。


 会いに来てくれるのなら。抱きしめるくらいは、いいかな?

 想っていてくれるのなら。キスも、いいかな?

 こんなにも、君を。どうしようもなく、君を。

 だから、許して。


 熱くなる胸を、冷まそうとはせずに。焦る体だけを、落ち着かせて。身支度を始める。

 机に置き直した携帯が、窓から差し込むまっすぐな光に照らされて。春の昼下がりのような柔らかい光を帯びていた。


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