「帰還」
「世界のリセットを提案します」
その言葉を聞いた瞬間。
レグルスの身体が震えた。
世界のリセット。
それは殺すとか滅ぼすとか。
そんな次元の話ではない。
世界そのものを消すということだった。
積み上げた歴史も。
出会いも。
記憶も。
全て。
最初から無かったことにする。
観察層の人間達は議論を続けていた。
「賛成です」
「危険度は既に許容範囲を超えています」
「リセットが最善です」
まるで資料の数字を修正するような口調だった。
レグルスは怒りを覚えた。
だが。
それ以上に恐怖を覚えた。
彼らは本気だ。
本当にやるつもりだ。
その時。
意識が揺らぐ。
記憶の海が崩れ始める。
限界だった。
膨大な情報。
意識共有。
精神への負荷。
レグルスは立っていることすらできない。
観察層の光景が砕けていく。
白い世界が遠ざかる。
そして。
現実へ引き戻された。
宇宙空間。
ゼルクロノスが目の前に立っている。
完成した光の道が二人の間に伸びていた。
過去へ続く道。
レグルスは膝をつく。
呼吸が荒い。
視界もぼやけている。
ゼルクロノスは静かに見下ろした。
「何を見た」
レグルスは答えない。
答えられない。
口を開けば壊れてしまいそうだった。
しばらく沈黙が続く。
やがて。
レグルスは震える声で言った。
「お前は……知らない方がいい」
ゼルクロノスの眉が僅かに動く。
「何だと」
レグルスは首を振る。
言えない。
ラモンのことも。
実験のことも。
上位存在のことも。
今は。
言えなかった。
そしてレグルスは立ち上がる。
残された力を振り絞る。
光の道が輝く。
時間が流れ始める。
過去と現在が繋がる。
ゼルクロノスは理解した。
レグルスが何をしようとしているのか。
「なるほど」
静かに笑う。
「俺を帰すのか」
レグルスは答える。
「ああ」
「お前はここにいちゃいけない」
「本来いるべき場所へ帰れ」
宇宙が震える。
過去への扉が開く。
ゼルクロノスの身体が光に包まれる。
それでもゼルクロノスは抵抗しなかった。
ただレグルスを見ていた。
長い沈黙。
そして。
最後に口を開く。
「レグルス」
その声は不思議と穏やかだった。
敵としてではなく。
一人の男として。
「生きろ」
レグルスは目を見開く。
次の瞬間。
ゼルクロノスの姿が消えた。
光の道も消滅する。
静寂だけが残った。
戦いは終わった。
だが。
レグルスの心は救われなかった。
観察層。
実験。
ラモン。
世界のリセット。
全てが頭の中を巡る。
呼吸が苦しい。
胸が痛い。
何も考えたくなかった。
何も見たくなかった。
レグルスはそのまま倒れ込む。
宇宙から地球へ落下しながら。
意識は闇へ沈んでいった。
最後に見えたのは。
病院で笑っていたルカの姿だった。
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