「帰還した厄災」
ブラックホールが空に現れた。
何の前触れもなかった。
夜空が歪む。空間が捻じれる。そして黒い球体が地球のすぐ近くへ出現した。重力は狂い始め、海が持ち上がる。都市が崩れる。衛星軌道は乱れ、人類はただ絶望するしかなかった。
レグルスはその光景を見上げていた。第四章の終わりから数日。上位存在と戦う決意を固めていたはずだった。しかし心のどこかには不安が残っていた。そんな時だった。
ブラックホールの中心が裂ける。
そこから現れたのは巨大な影だった。
赤と金色の肉体。全身から飛び出した白い骨。まるで身体の内側から骨格が暴れ出しているような異形の姿。そしてその眼には四万年という途方もない時間が宿っていた。
ゼルクロノス。
かつて世界から弾かれた存在。
だが以前とは違う。
別宇宙の星々を吸収したことでその姿も力も変貌していた。
「久しぶりだな」
低い声だった。
それだけで大気が震えた。
レグルスは即座にインフィニティレガリアを展開する。無数の光が身体を覆う。だがゼルクロノスは動じない。
「また戦うのか」
「当たり前だ」
レグルスは答えた。
「今度こそ終わらせる」
ゼルクロノスは少しだけ笑った。
その瞬間だった。
ブラックホールが増えた。
一つではない。
十。
百。
千。
空の至る所へ出現する。
都市が吸い込まれる。海が引き裂かれる。地球そのものが軋み始めた。
「グラビティホール」
ゼルクロノスが呟く。
「俺自身が超重力になる能力だ」
レグルスの顔色が変わる。
放置すれば地球は終わる。
レグルスは即座に能力を発動した。
ブラックホールとホワイトホールを繋ぐ。
重力の出口と入口を無理やり接続する。
暴走した重力同士がぶつかり合う。
轟音。
空が揺れる。
そしてブラックホールは次々と消滅した。
だが。
ゼルクロノスはそこに立っていた。
傷一つなく。
「面白い」
そう呟く。
レグルスは攻撃を仕掛けた。
空間を弾く。
エネルギーを繋ぐ。
重力を反転させる。
ありとあらゆる手を使った。
しかし。
効かない。
全く効かない。
攻撃は確かに命中している。
だが届いていない。
まるで別の場所に存在しているかのようだった。
ゼルクロノスが腕を振る。
次の瞬間。
レグルスの肩が裂けた。
何が起きたか分からない。
攻撃の軌道すら見えない。
「ゼノトランセンド」
ゼルクロノスが言う。
「次元を超えて攻撃する能力だ」
レグルスは血を流しながら立ち上がる。
ようやく理解した。
攻撃が効かない理由を。
ゼルクロノスはこの宇宙にいながら、この宇宙に存在していない。
次元を一つ上へずらしている。
だから触れられない。
だから傷付けられない。
そして。
レグルスは静かに笑った。
「なるほど」
「なら本体を引きずり出せばいい」
ゼルクロノスの表情が初めて変わる。
レグルスの周囲に無数の光の線が広がる。
この宇宙。
そして別宇宙。
二つを繋ぐための線だった。
戦いは今からが本番だった。
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