「英雄の代償」
無限回転を纏った拳が。
怪物の核へ突き刺さる。
静寂。
世界から音が消えた。
次の瞬間。
怪物が初めて叫んだ。
声だったのか。
悲鳴だったのか。
誰にも分からない。
ただ世界中へ響いた。
巨大な眼が歪む。
黒い核に亀裂が走る。
一本。
二本。
三本。
無数の亀裂が広がっていく。
ラモンは拳を押し込む。
止まらない。
止めない。
ここで終わらせる。
その一心だった。
怪物は暴れる。
黒い光を撒き散らす。
空が裂ける。
山脈が消える。
海が蒸発する。
それでもラモンは離さない。
無限回転が加速する。
さらに。
さらに。
終わりなく。
永遠に。
怪物の核が砕け始める。
レジェンドは空を見上げていた。
七つの眼が細められる。
弟子の背中を。
静かに見守っていた。
そして。
核が砕ける。
パリン――。
小さな音だった。
だが。
その音と共に世界が変わった。
黒い光が消える。
空が戻る。
風が吹く。
雲が流れる。
失われていた音が帰ってくる。
怪物の身体が崩壊を始めた。
巨大な眼が砕ける。
黒い表面が崩れる。
砂のように。
灰のように。
世界へ溶けていく。
怪物は消えていった。
静かに。
ゆっくりと。
そして。
完全に消滅した。
長い戦いが終わる。
王都から歓声が上がる。
人々が泣く。
抱き合う。
生き残ったことを喜ぶ。
ラモンは空中から落下した。
レジェンドが受け止める。
六本の腕で。
優しく。
「終わったな」
ラモンは答えようとした。
だが声が出ない。
全身が重い。
視界が霞む。
身体が言うことを聞かない。
レジェンドの表情が変わる。
異変に気付いた。
「ラモン?」
ラモンは笑おうとする。
大丈夫だと。
そう言おうとする。
だが。
口から血が流れた。
レジェンドの七つの眼が見開かれる。
身体の内側が壊れていた。
骨ではない。
筋肉でもない。
もっと深い部分。
命そのものが摩耗している。
無限回転。
それは完成した。
だが代償があった。
身体が耐えられない。
ラモンは地面へ降ろされる。
立とうとする。
足に力が入らない。
膝をつく。
腕も震える。
呼吸も苦しい。
それでも笑った。
「勝てましたね」
掠れた声だった。
レジェンドは何も言わない。
言えなかった。
理解してしまったからだ。
この代償は軽くない。
ラモンは空を見上げる。
青空だった。
怪物は消えた。
世界は救われた。
それだけで良かった。
そう思おうとした。
だが。
胸の奥に嫌な感覚が残っていた。
まるで。
何かを失ってしまったような。
そんな感覚だった。
数日後。
王都は祭りになった。
怪物を倒した英雄。
ラモン。
その名は星中へ広がる。
子供達は憧れた。
大人達は称えた。
王族は感謝した。
誰もが英雄と呼んだ。
だが。
ラモンの身体は治らなかった。
むしろ悪化していく。
食事も満足に摂れない。
歩くだけで息が切れる。
それでも。
休ませてもらえなかった。
王族が来る。
軍が来る。
街の代表が来る。
「助けてください」
「守ってください」
「ラモン様ならできます」
その言葉は賞賛だった。
だが。
少しずつ鎖へ変わっていく。
レジェンドはそれを見ていた。
黙って。
静かに。
そして決意する。
ラモンと話さなければならないと。
このままでは。
取り返しのつかないことになる。
そう確信していた。
だが。
その時の二人はまだ知らなかった。
この星の運命が。
既に崩壊へ向かって動き始めていたことを。
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