「核の中の怪物」
時の核が砕け散った。
空へ無数の破片が舞い上がる。
その光景は美しかった。
だが誰一人として見惚れる余裕はなかった。
ラモンは拳を握ったまま前を見据える。
終わっていない。
そう直感していた。
ジークテンポラーもまた崩れた時の核を見つめている。
その表情は絶望に近かった。
四百年間。
絶対だと信じてきた力。
それが今。
目の前で砕け散った。
そして。
砕けた核の中心から黒い液体のようなものが溢れ始める。
最初は小さかった。
だがすぐに増殖する。
まるで生き物だった。
黒い液体は空中へ浮かび上がる。
集まる。
膨れ上がる。
巨大化する。
王都の人々も異変に気付いていた。
誰もが空を見上げる。
そして恐怖した。
黒い月だった。
山より大きい。
城より大きい。
生物とも機械ともつかない異形の塊。
その中心には巨大な眼が一つだけ存在していた。
ゆっくりと開く。
瞬間。
世界が震えた。
山脈が崩れる。
空が揺れる。
海の彼方では巨大な津波が発生していた。
存在するだけで災害だった。
ラモンは息を呑む。
ジークテンポラーですら驚いていた。
「何だ……」
その声は震えていた。
ラモンは聞き逃さなかった。
ジークテンポラーも知らない。
つまりこれは。
時の核の中に元からいた何かだ。
巨大な眼がゆっくり動く。
見ている。
世界を。
命を。
全てを。
その視線だけで空気が重くなる。
生き物としての格が違う。
レジェンドも表情を変えていた。
七つの眼が見開かれている。
ラモンは初めて見る。
師匠がここまで警戒する姿を。
「まさか……」
レジェンドが呟く。
その声には驚愕が混じっていた。
「残っていたのか」
ラモンは振り返る。
「知ってるんですか」
レジェンドはすぐには答えなかった。
巨大な眼を見つめ続ける。
やがて口を開く。
「昔話だと思っていた」
風が吹く。
黄金の翼が揺れる。
「世界が生まれる前」
「時そのものを喰らう怪物がいたと言われている」
ラモンの表情が変わる。
レジェンドは続けた。
「神話の存在だ」
「だがもし本当なら」
そこで言葉を切った。
続きを言う必要がなかった。
誰もが理解してしまったからだ。
巨大な眼が開き切る。
その瞬間。
世界中から音が消えた。
鳥の声。
風の音。
木々の揺れる音。
全て。
消えた。
そして。
王都の外壁が崩れ落ちる。
何の前触れもなく。
何の攻撃もなく。
ただ時間だけが消されたかのように。
人々が悲鳴を上げる。
兵士達が逃げ出す。
レジェンドの顔が険しくなる。
「まずい」
ジークテンポラーは後退していた。
恐怖していた。
ラモンは気付く。
あの怪物は。
ジークテンポラーすら恐れている。
その時だった。
巨大な眼がジークテンポラーを見る。
本当にそれだけだった。
何もしていない。
何も放っていない。
ただ見ただけ。
なのに。
ジークテンポラーの左腕が消えた。
跡形もなく。
血も出ない。
肉も骨も残らない。
最初から存在しなかったように。
完全に消滅した。
ジークテンポラーが悲鳴を上げる。
ラモンの背筋に寒気が走る。
今のは攻撃ですらない。
視線だった。
ただ見られただけだった。
巨大な眼が再び動く。
今度は王都を見た。
レジェンドが飛び出す。
空気が爆発する。
八本の腕が広がる。
黄金の翼が羽ばたく。
神話の英雄が本気で動いた。
ラモンは初めて見る。
師匠の全力を。
「ラモン!!」
レジェンドが叫ぶ。
「今は倒すことを考えるな!!」
「生き残れ!!」
次の瞬間。
巨大な眼から黒い光が放たれた。
世界が割れた。
空が裂ける。
山脈が蒸発する。
そして。
レジェンドがその前へ立ちはだかった。
八本の腕を交差させる。
黄金の装甲が輝く。
神話最強の英雄。
その全力防御。
だが。
ラモンの顔から血の気が引く。
黒い光は。
止まっていなかった。
レジェンドの装甲を。
少しずつ削り始めていた。
面白ければブックマーク 、評価お願いします




