「世界が動く瞬間」
静止していたレジェンドの翼が震えた。
本当に僅かだった。
だが確かに動いた。
ジークテンポラーはその光景を見て言葉を失う。
あり得ない。
時の核は絶対だった。
誰も動けない。
誰も逆らえない。
それが四百年間覆らなかった事実だった。
だが今。
その絶対が崩れている。
ラモンは歩く。
一歩ずつ。
重い。
身体はまだ自由ではない。
それでも前へ進む。
無限回転が身体の奥で回り続けていた。
止まらない。
終わらない。
その回転が少しずつ静止世界を侵食している。
パキッ。
また亀裂が走る。
空の一部が砕ける。
その隙間から風が流れ込んだ。
止まっていたはずの風。
存在しないはずの時間。
それらが少しずつ戻り始めている。
ジークテンポラーは後退する。
自分でも気付かないうちに。
恐怖していた。
目の前の少年を。
ラモンはまだ強くない。
まだ未熟だ。
それなのに。
存在そのものが異常だった。
「なぜだ……」
ジークテンポラーは呟く。
「なぜ止まらない」
ラモンは答えない。
今は歩くことだけに集中していた。
二歩。
三歩。
四歩。
歩くたびに世界が割れていく。
そして。
ラモンが五歩目を踏み出した瞬間だった。
轟音。
静止世界の空が砕け散る。
ガラスが割れるように。
無数の破片となって崩壊する。
その瞬間。
レジェンドの翼が大きく広がった。
風が吹く。
雲が流れる。
砂が舞う。
止まっていた世界が動き始める。
時間が戻ったのだ。
ジークテンポラーの顔から余裕が完全に消える。
「馬鹿な……!」
時の核に大きな亀裂が走る。
球体の表面が砕け始める。
ラモンはようやく腕を自由に動かせるようになっていた。
拳を握る。
身体中が痛む。
だが心は不思議なほど静かだった。
焦りはない。
恐怖もない。
ただ前へ進む。
それだけだった。
レジェンドは遠くから見つめていた。
七つの眼が細められる。
弟子はもう守られる側ではない。
今まさに。
英雄への道を歩き始めていた。
その時だった。
時の核へ走った亀裂が中心部へ到達する。
ジークテンポラーが目を見開く。
「やめろ……」
初めてだった。
彼が願うような声を出したのは。
だが止まらない。
無限回転は止まらない。
パリン――。
澄んだ音が響く。
次の瞬間。
時の核が砕け散った。
世界中へ衝撃波が広がる。
空が揺れる。
山脈が震える。
王都の人々が空を見上げる。
そしてラモンは理解する。
終わったわけではない。
むしろ。
ここからが本当の戦いなのだと。
砕けた時の核の中心から。
黒い何かが姿を現し始めていた。
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