「存在しない世界」
レジェンドの叫びが山脈へ響いた。
「ラモン!! 離れろ!!」
その声を聞いた瞬間だった。
巨大時計の中心が完全に割れる。
黒い亀裂の奥から小さな球体が現れた。
人の頭ほどの大きさしかない。
だが、その存在感は異常だった。
空間が歪む。
大地が軋む。
空そのものが捻じ曲がる。
ジークテンポラーは荒い呼吸を繰り返していた。
身体中に亀裂が走り、紺色の装甲も崩れ始めている。
それでも笑っていた。
追い詰められたからだ。
ラモンという存在に。
「まさかここまでとはな」
ジークテンポラーが呟く。
「だが終わりだ」
その手が球体へ触れる。
瞬間。
世界が消えた。
音が消える。
風が消える。
光が消える。
そしてラモンは気付いた。
動けない。
指一本動かない。
呼吸をしている感覚すらない。
目だけが見えていた。
景色だけが映っていた。
レジェンドを見る。
動いていない。
翼も。
腕も。
表情さえも。
完全に止まっている。
空を見る。
雲が止まっている。
王都を見る。
遠くで逃げていた人々も止まっている。
世界そのものが止まっていた。
いや。
違う。
時間が止まったのではない。
時間そのものが存在していなかった。
ジークテンポラーだけが歩いていた。
静止した世界を。
ゆっくりと。
余裕を持って。
「これが時の核だ」
その声だけが響く。
「時間停止など比較にもならん」
ラモンは動けない。
反論もできない。
殴ることもできない。
ただ聞くことしかできなかった。
ジークテンポラーは両腕を広げる。
「ここには終わりがない」
「老いもない」
「死もない」
「変化もない」
静止した世界を見回す。
「永遠だ」
ラモンは何も言えない。
だが心の中では違った。
永遠。
それは本当に幸せなのか。
変化しない世界。
成長しない世界。
誰も笑わない世界。
誰も泣かない世界。
それは生きていると言えるのか。
その時だった。
身体の奥で何かを感じた。
回転。
いつも感じていたもの。
無限回転。
それだけは消えていなかった。
世界が止まっている。
なのに。
それだけは回っている。
静かに。
ゆっくりと。
だが確実に。
ラモンは驚く。
なぜ止まらない。
時間が存在しないはずなのに。
回転だけは続いている。
ジークテンポラーも気付いた。
眉が僅かに動く。
ラモンの周囲に微かな歪みが生まれていた。
本当に僅かだった。
普通なら見逃すほど小さい。
だが確かに存在する。
「……?」
ジークテンポラーが足を止める。
ラモン自身も分からない。
何が起きているのか。
ただ一つだけ分かる。
無限回転は止まっていない。
その瞬間。
ラモンの右手の人差し指が。
ほんの僅かに動いた。
一ミリにも満たない。
それでも確かに動いた。
ジークテンポラーの目が見開かれる。
あり得ない。
時の核の中で。
動けるはずがない。
ラモンも驚いていた。
偶然かと思った。
だが違う。
身体の奥で回転が続いている。
少しずつ。
少しずつ。
止まった世界を削るように。
静止した空間へ亀裂を入れるように。
そしてジークテンポラーは初めて不安を覚える。
四百年前。
時の核を見た者はいた。
だが動いた者はいなかった。
誰一人として。
ラモンが最初だった。
そして。
ラモンの人差し指が。
もう一度だけ動いた。
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