「周り続けるもの」
ラモンの右腕はゆっくりと元へ戻っていった。しわだらけだった皮膚が若返り、失われていた筋肉が再生していく。ラモン自身も何が起きているのか理解できなかった。ただ身体の奥で回転が続いている。それだけは分かる。
ジークテンポラーは初めて沈黙した。
今まで何人もの強者を見てきた。
英雄もいた。
怪物もいた。
だが時間を取り戻す存在など知らない。
時間とは一方通行だ。
進むことはあっても戻ることはない。
それが宇宙の法則だった。
「貴様……何者だ」
ラモンは首を振る。
「俺にも分からない」
本当にそうだった。
能力の名前すら知らない。
なぜ動けるのかも分からない。
ただ一つだけ分かる。
負けたくない。
その想いだけだった。
ジークテンポラーは両腕を広げる。背後の巨大時計が唸りを上げるように回転した。空が歪む。山脈の岩石が風化し、砂になって崩れていく。何百年、何千年という時間が強制的に流されているのだ。
ラモンは拳を握る。
前へ出る。
だがその瞬間。
左脚が老化した。
膝が砕けそうになる。
バランスを崩し地面へ手をつく。
ジークテンポラーは容赦しない。
砲撃。
青白い閃光が直撃した。
轟音。
ラモンの身体が吹き飛ぶ。
山を一つ突き抜ける。
岩盤に激突する。
大量の血が流れた。
王都から見守る人々は息を呑む。
今度こそ終わった。
そう思った。
しかし。
瓦礫が揺れる。
ラモンが立ち上がった。
身体は血まみれだった。
呼吸も荒い。
それでも立ち上がる。
自分でも馬鹿だと思った。
何度倒されても立ち上がる。
勝てる保証などない。
それでも。
諦める方が嫌だった。
「まだだ」
ラモンは前を向く。
その言葉にジークテンポラーは眉をひそめた。
理解できない。
なぜ立ち上がる。
なぜ折れない。
勝てないと分かっているはずなのに。
その時だった。
遠い昔の記憶が脳裏をよぎる。
まだ若かった頃。
ジークテンポラーも誰かと戦ったことがあった。
何度倒しても立ち上がる敵。
最後まで諦めなかった敵。
その記憶は曖昧だった。
だが不快だった。
だから振り払うように砲身を向ける。
「消えろ」
十二本の砲身が光る。
王都を消し飛ばせるほどのエネルギー。
ラモンは立ったまま見ていた。
逃げない。
避けない。
その代わり。
目を閉じた。
何かを探すように。
身体の奥を見つめるように。
回転。
ずっと感じていたもの。
止まらないもの。
終わらないもの。
それは力ではない。
もっと根本的なものだった。
心臓が鼓動するように。
星が回るように。
世界が巡るように。
ただ回り続ける。
その瞬間だった。
ラモンは気付く。
回転は自分だけではない。
風も回る。
星も回る。
時間も回る。
世界そのものが回っている。
そして。
自分はその一部だった。
砲撃が放たれる。
眩い光が迫る。
だがラモンは動かなかった。
次の瞬間。
光が逸れた。
ラモンが弾いたわけではない。
受け止めたわけでもない。
砲撃そのものが軌道を変えたのだ。
まるで巨大な流れに巻き込まれるように。
ジークテンポラーの目が見開かれる。
あり得ない。
攻撃が勝手に逸れた。
そんな現象が起こるはずがない。
ラモンも驚いていた。
だが今までとは違う。
少しだけ分かった。
ほんの少しだけ。
力の正体が。
レジェンドは遠くから見守っていた。
七つの眼が細められる。
「見え始めたか」
静かな声だった。
四百年前。
自分には辿り着けなかった領域。
その入口へ。
弟子が近付いている。
一方でジークテンポラーは焦り始めていた。
最初は遊びだった。
若い戦士を踏み潰すだけの戦いだった。
だが違う。
目の前の少年は戦いながら成長している。
そして。
その成長速度が異常だった。
ジークテンポラーは決断する。
もう遊ばない。
もう観察もしない。
ここで確実に殺す。
背後の巨大時計が激しく回転を始めた。
空全体が黒く染まる。
山脈が崩壊する。
そして巨大時計の中心に、今までとは比較にならない黒い光が生まれた。
それを見たレジェンドが初めて表情を変える。
「まずい」
その声は重かった。
ジークテンポラーはついに。
四百年前に星を滅ぼした禁じ手を使おうとしていた。
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