「弟子の決意」
その夜。
ラモンは眠れなかった。
森の家の屋根に座り、星空を見上げていた。
世界が終わる。
総司令の言葉が頭から離れない。
レジェンドは戦わない。
それは仕方ないことだった。
四百年前に世界を救った英雄だ。
もう十分すぎるほど戦ってきた。
なのに今さらまた戦えと言う方がおかしい。
ラモンにはそれが分かっていた。
だからこそ苦しかった。
「どうした」
後ろから声がした。
レジェンドだった。
翼を畳みながら屋根へ降り立つ。
巨大な身体にもかかわらず音はほとんどしない。
ラモンは少し笑った。
「眠れなくて」
「そうか」
二人で星を見る。
しばらく沈黙が続いた。
やがてラモンが口を開く。
「師匠」
「なんだ」
「俺が行く」
レジェンドは何も言わない。
ラモンは続ける。
「世界を救う」
その言葉に迷いはなかった。
だがレジェンドの表情は変わらない。
七つの眼が静かにラモンを見ていた。
「何故だ」
「困ってる人がいるから」
即答だった。
ラモンらしい答え。
だからこそレジェンドはため息を吐く。
「お前は甘い」
「知ってる」
「世界は優しくない」
「知ってる」
「救われた者が感謝するとは限らない」
「それでもいい」
レジェンドは黙った。
ラモンも黙る。
風だけが吹いていた。
やがてレジェンドが言う。
「死ぬかもしれんぞ」
ラモンは笑った。
「師匠だって昔戦っただろ」
「私は後悔している」
その言葉にラモンは驚く。
初めて聞いた。
英雄が。
レジェンドが。
戦ったことを後悔している。
レジェンドは夜空を見上げる。
「力は人を救う」
「でも同時に縛る」
「一度英雄になれば皆がお前を頼る」
「期待する」
「求める」
「そしてそれが当たり前になる」
ラモンは黙って聞いていた。
「それでも戦うか」
静かな問いだった。
ラモンは考える。
少しだけ。
本当に少しだけ。
そして笑った。
「戦う」
迷いはなかった。
レジェンドはその顔を見てしまう。
昔の自分によく似ていた。
理想を信じていた頃の。
まだ何も失っていなかった頃の。
若かった自分に。
「馬鹿者め」
小さく呟く。
ラモンは聞こえなかった。
翌朝。
ラモンは森を出た。
王国軍の飛行艇へ乗り込む。
総司令が待っていた。
「本当に来てくれるのか」
「うん」
「師匠は?」
「来ない」
総司令の顔が曇る。
だが次の瞬間。
ラモンが笑った。
「でも俺がいる」
総司令は少し困った顔をした。
目の前にいるのは十五歳の少年。
英雄には見えない。
だが。
その瞳だけは不思議だった。
何故か安心する。
不可能を可能にしそうな光があった。
飛行艇が発進する。
森が遠ざかっていく。
ラモンは窓の外を見る。
レジェンドの家が小さくなっていく。
そして見つけた。
森の中。
レジェンドが立っていた。
八本の腕を組み。
四本の脚で大地を踏みしめ。
黄金の翼を広げながら。
七つの眼でこちらを見ている。
何も言わない。
だがラモンには分かった。
行ってこい。
そう言っている。
ラモンは笑う。
大きく手を振った。
レジェンドも一瞬だけ手を上げた。
それだけだった。
その姿が見えなくなる。
飛行艇は雲を抜ける。
そして。
王都へ到着した。
だがラモンは知らない。
この日が。
人生を大きく変える始まりになることを。
王都の中央広場。
そこに巨大な時計塔があった。
カプ星最大の時計塔。
その針はずっと止まっていた。
そして。
誰もいないはずの時計塔の頂上に。
一人の男が立っていた。
白い外套。
銀色の髪。
そして両目に浮かぶ時計の針。
男は静かに微笑む。
「ようやく見つけた」
その視線は真っ直ぐラモンへ向けられていた。
ジークテンポラー。
時を支配する災厄が。
初めてラモンを認識した瞬間だった。
面白ければブックマーク、評価お願いします




