「ラモン」
森には風の音しかなかった。
木々が揺れる。
鳥が鳴く。
太陽の光が葉の隙間から差し込む。
ラモンはその森を全力で走っていた。
「師匠ー!!」
大声を上げながら駆ける。
その後ろから巨大な猪が追いかけてきていた。
体長は三メートルを超える。
普通の人間なら一瞬で吹き飛ばされる魔獣だった。
だがラモンは笑っていた。
「捕まるかよ!」
猪が突進する。
ラモンは木を蹴った。
身体が宙を舞う。
そのまま枝へ着地した。
猪は木へ激突する。
轟音。
木が揺れる。
葉が大量に落ちた。
「相変わらず馬鹿だな」
声が聞こえた。
ラモンが顔を上げる。
木の上に老人が座っていた。
ザ・レジェンドだった。
「師匠!」
「遊びすぎだ」
「修行だって!」
「どこがだ」
「運動能力の強化!」
「逃げ回ってるだけだろ」
図星だった。
ラモンは苦笑いする。
次の瞬間。
レジェンドが指を弾いた。
猪の身体が吹き飛ぶ。
木々をなぎ倒しながら森の奥へ消えた。
ラモンは毎回思う。
意味が分からない。
四百年前の英雄。
伝説。
厄災を倒した存在。
そんな肩書きを持つ男が今は畑仕事をしている。
本人はそれで満足そうだった。
「帰るぞ」
「腹減った!」
「知ってる」
「今日は肉!」
「魚だ」
「えええ!?」
「文句あるか」
「あります!」
森に笑い声が響く。
平和だった。
本当に平和だった。
二人が家へ帰る。
木造の小さな家。
ラモンにとっては世界で一番好きな場所だった。
豪華ではない。
広くもない。
だがここには師匠がいる。
それだけで十分だった。
食卓に魚が並ぶ。
ラモンは頬を膨らませた。
「やっぱ肉がいい」
「贅沢言うな」
「育ち盛りなんだぞ」
「十五歳にもなって子供みたいなこと言うな」
「十五歳は子供だろ」
レジェンドは少し笑う。
ラモンは気付いていない。
最近レジェンドがよく笑うことを。
昔はもっと無表情だった。
それが変わった。
ラモンが来てからだ。
食事を終える。
夜になる。
星空が広がっていた。
カプ星の空は綺麗だった。
無数の星々が輝いている。
ラモンは庭へ寝転んだ。
「師匠」
「なんだ」
「俺って何者なんだろうな」
レジェンドは少し黙る。
前にも聞かれたことがある。
それでも答えは変わらない。
「ラモンだ」
「いやそうじゃなくて」
「十分だろ」
ラモンは苦笑する。
「俺、人間じゃないんだろ?」
沈黙。
風だけが吹いていた。
ラモンは昔から身体能力が異常だった。
病気もしない。
傷もすぐ治る。
明らかに普通ではない。
レジェンドも隠し続けるつもりはなかった。
「龍神族だ」
ラモンは目を瞬かせた。
「龍神族?」
「ああ」
「聞いたことない」
「滅びた種族だからな」
レジェンドは夜空を見上げる。
「龍と神の血を引く一族だ」
ラモンは呆然としていた。
「すげえ……」
第一声がそれだった。
レジェンドは思わず笑う。
普通はもっと驚く。
怖がる。
だがラモンは違った。
「つまり俺強い?」
「まあな」
「やった」
単純だった。
本当に。
レジェンドは少し安心した。
自分の出生を知っても変わらない。
ラモンはラモンだった。
その時だった。
遠くの空が光る。
赤い閃光。
一瞬だけ夜空を染めた。
ラモンが起き上がる。
「なんだ今の」
レジェンドの表情が変わる。
今まで見たことのない顔だった。
険しい。
警戒している。
英雄の顔。
ラモンは初めて見た。
「師匠?」
返事はない。
レジェンドは空を見つめていた。
遥か彼方。
星の向こう。
何かを感じ取っているようだった。
そして小さく呟く。
「始まったか」
ラモンには意味が分からなかった。
だが。
その言葉だけは何故か不気味だった。
平和だった日々。
幸せだった時間。
それが少しずつ終わりへ向かっていることを。
まだラモンは知らなかった。
そして宇宙のどこかで。
時を止める災厄。
ジークテンポラーが静かに目を開いていた。
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