「守りたかったもの」
静かだった。
世界は救われた。
街は残った。
人々も生きている。
それなのにレグルスの心は何も救われていなかった。
病院のベッドに横たわりながら天井を見つめる。何日経ったのか分からない。食事もほとんど口にしていなかった。医者や看護師が何度も話しかけてくるが返事をする気力もない。ただ生きているだけだった。
結局またそうだった。
Zティターンは倒せなかった。
最後に現れたのは無限回転。
ルクスだった。
自分ではない。
自分は何もできなかった。
ルカを救えなかった。
世界も救えなかった。
全部ルクスだった。
その事実がレグルスを苦しめていた。
胸の奥が重い。
呼吸をするだけで辛い。
胃の痛みも消えない。
生きている意味すら分からなくなっていた。
窓の外から子供たちの声が聞こえる。
楽しそうな笑い声。
昔の自分たちみたいだった。
レグルスはゆっくり目を閉じる。
そして思い出した。
まだ小さかった頃を。
病院だった。
自分もルカも身体が弱く、よく入院していた頃。
二人で窓際の椅子に座って話していた。
他愛もない話だった。
世界を救う話じゃない。
能力の話でもない。
ただ未来の話だった。
「なあレグルス」
「なんだよ」
「将来何になる?」
突然の質問だった。
レグルスは少し考える。
「分からない」
「俺は警察官」
ルカは即答した。
「困ってる人助けるんだ」
「大変そう」
「でもかっこいいだろ」
そう言って笑った。
レグルスも少し笑う。
今思えば本当に子供だった。
「じゃあレグルスは?」
「僕か」
少し考える。
そして適当に答えた。
「家でも建てようかな」
「家?」
「うん」
「なんで」
「なんとなく」
ルカは大笑いした。
「変なやつだな」
「うるさい」
「じゃあその家に俺も住む」
「勝手に決めるなよ」
「庭も作ろう」
「いいな」
「猫飼おうぜ」
「猫か」
「絶対飼う」
「じゃあ二匹」
「いや三匹」
「増えてる」
二人は笑った。
本当にそれだけだった。
何も特別じゃない。
ただ未来を語っていただけ。
だがその時間は確かに幸せだった。
今はもう戻れない。
ルカはいない。
猫を飼うことも。
家を建てることも。
一緒に年を取ることもできない。
レグルスの頬を涙が伝った。
止まらなかった。
次々と溢れてくる。
「ルカ……」
声が震える。
会いたかった。
もう一度だけ話したかった。
くだらない話でいい。
未来の話でいい。
ただ一緒に笑いたかった。
レグルスは顔を覆う。
嗚咽が漏れる。
病室には誰もいない。
だから泣いた。
今まで我慢していた分。
全部吐き出すように。
どれだけ泣いただろうか。
やがて涙も枯れる。
レグルスはゆっくり天井を見上げた。
そして気付く。
自分は何を守りたかったのか。
世界ではない。
英雄になりたいわけでもない。
最強になりたいわけでもない。
守りたかったのは夢だった。
誰かが未来を語れる世界。
猫を飼いたい。
家を建てたい。
家族と笑いたい。
友達とバーベキューしたい。
そんな当たり前の夢。
それを守りたかった。
ルクスもきっとそうだった。
だから戦った。
夢を守るために。
レグルスはゆっくり身体を起こす。
まだ辛い。
身体も心もボロボロだ。
それでも。
立ち止まったままではいられなかった。
「守るよ」
小さく呟く。
「今度こそ」
誰に聞かせるわけでもない。
ただ自分へ言い聞かせる。
みんなの夢を。
みんなの心を。
そして。
ルカが見た未来を。
その頃。
遥か宇宙の果て。
赤と金色の巨人が静かに目を閉じていた。
ゼルクロノス。
かつて世界を滅ぼしかけた存在。
世界から弾き飛ばされ、別宇宙を彷徨う存在。
その脳裏に一つの光景が浮かんでいた。
幸せだった頃。
まだ誰にも恐れられていなかった頃。
ザ・レジェンドと呼ばれた時代。
森。
仲間たち。
笑い声。
そして。
一人の少年。
ラモン。
忘れたはずの記憶だった。
だが消えてはいなかった。
ゼルクロノスは静かに目を開く。
そして呟く。
「ラモン……」
その声は。
どこか悲しそうだった。
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