「届かない力」
それは太陽だった。
少なくともレグルスにはそう見えた。
Zティターンの全ての口へ集められたエネルギーが一つになり、巨大な光球を形成している。その光だけで大気が燃え始めていた。雲は蒸発し、海面は沸騰する。まだ放たれていない。それなのに地球そのものが悲鳴を上げていた。
レグルスの背中を冷たい汗が流れる。
分かる。
あれは駄目だ。
今までの火球とは桁が違う。
もし落ちれば街どころでは済まない。国が消える。下手をすれば大陸そのものが吹き飛ぶ。
「ふざけるな……」
レグルスは震える拳を握った。
逃げたい。
本音を言えば今すぐ逃げ出したい。
身体は限界を超えている。
胃は痛む。
呼吸も苦しい。
意識だっていつ飛んでもおかしくない。
それでも目の前には守るべき人たちがいる。
だから立つ。
立たなければならない。
レグルスは空間へ手を伸ばした。
銀色の光が広がる。
幾重もの螺旋。
何十枚もの防御層。
これまでで最大規模のスパイラルディフュージョンだった。
空そのものを盾に変える。
それが今のレグルスにできる全力だった。
その瞬間。
Zティターンが撃った。
世界が白く染まる。
音すら聞こえない。
巨大な光の奔流が地球へ降り注いだ。
そして衝突する。
銀色の螺旋と。
レグルスの身体へ凄まじい衝撃が走った。
骨が軋む。
筋肉が悲鳴を上げる。
胃から血が込み上げる。
「ぐああああああああ!!」
叫ぶ。
耐える。
受け流す。
だが重い。
あまりにも重い。
星そのものを押し返しているようだった。
銀色の螺旋が悲鳴を上げる。
一枚。
二枚。
三枚。
防御層が砕け散る。
レグルスは歯を食いしばる。
まだだ。
まだ守れる。
まだ終わらない。
だが現実は残酷だった。
第四層が砕ける。
第五層も砕ける。
そして第六層も。
身体が吹き飛ぶ。
空中で何度も回転する。
血が飛び散る。
それでもレグルスは手を離さない。
離した瞬間に終わるからだ。
地上では人々が見上げていた。
誰もが息を呑む。
戦っている。
たった一人で。
世界のために。
だがその姿はあまりにも痛々しかった。
英雄ではない。
超人でもない。
傷だらけの少年だった。
それでも諦めない。
だから人々は目を離せなかった。
「負けるな……」
誰かが呟く。
「頼む……」
別の誰かが祈る。
その願いは増えていく。
街中へ。
国中へ。
世界中へ。
レグルスは知らない。
だが確かに届いていた。
人々の想いが。
それでも。
足りなかった。
ついに最後の防御層が砕ける。
巨大な光球が地球へ落下する。
レグルスは目を見開いた。
終わる。
守れない。
また失う。
また何もできない。
ルカを失った時と同じだ。
その瞬間だった。
空間が捻れた。
世界が軋む。
レグルスは見た。
光球の周囲。
空間そのものが螺旋状に回転している。
あり得ない規模だった。
惑星より巨大な回転。
銀色でもない。
黄金でもない。
透明だった。
存在しているのに見えない。
そんな回転。
そして。
光球が飲み込まれた。
音もなく。
抵抗もなく。
まるで最初から存在しなかったかのように。
Zティターンが初めて動揺した。
無数の眼が見開かれる。
理解できない。
何が起きたのか分からない。
レグルスも同じだった。
ただ一つだけ分かった。
この力は自分ではない。
次の瞬間。
回転はさらに広がる。
空間。
雲。
光。
重力。
全てを巻き込みながら拡大していく。
そして。
Zティターンへ到達した。
怪物が暴れる。
火球を放つ。
空間を歪める。
しかし意味がない。
全てが回転へ飲み込まれる。
絶望を喰らう怪物が。
逆に飲み込まれていた。
レグルスは呆然と見つめる。
その光景に見覚えがあった。
昔。
一度だけ見たことがある。
いや。
忘れるはずがない。
「まさか……」
声が震える。
回転はさらに巨大化する。
宇宙まで届く。
星々を巻き込む。
無限に広がる。
それは技ではなかった。
現象だった。
存在そのものだった。
そしてレグルスはようやく理解する。
ルクスだ。
インフィニティスパイラル。
かつてゼルクロノスを倒し。
そしてルクス自身を飲み込んだ力。
その力が。
今。
再び現れていた。
Zティターンは最後まで抵抗した。
火球を放つ。
咆哮する。
絶望を吸収する。
だが全てが無意味だった。
無限回転は止まらない。
やがて怪物の巨体が完全に飲み込まれる。
そして。
静寂が訪れた。
空には何もなかった。
火球もない。
怪物もいない。
ただ青空だけが残る。
人々は言葉を失った。
生き残った。
助かった。
それは分かる。
だが。
誰が救ったのか。
レグルスは空中で立ち尽くしていた。
拳を握る。
震えている。
怒りだった。
悔しさだった。
自分は何もできなかった。
まただ。
また助けられた。
またルクスだった。
また自分じゃなかった。
身体から力が抜ける。
レガリアの光も消える。
落下が始まる。
意識が遠のく。
最後に見えたのは。
どこまでも青い空だった。
そしてレグルスは思う。
結局。
自分には何もできないのかもしれないと。
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