「絶望を喰らう怪物」
空が燃えていた。
百を超える火球が地球へ降り注ぐ。その光景は流星群などではない。終末だった。世界中の人々が空を見上げていた。誰もが理解していた。これが落ちれば終わる。国家も文明も関係ない。人類そのものが滅びる。
レグルスは歯を食いしばった。
一発だけならどうにかなった。
だが百発だ。
しかもその向こうにはZティターン本体がいる。
勝てるのか。
そんな考えが一瞬だけ頭をよぎる。
しかしすぐに振り払った。
勝てるかじゃない。
やるしかない。
今はそれだけだった。
「スパイラルディフュージョン!」
銀色の光が爆発する。巨大な螺旋が空を覆った。何重もの回転が重なり巨大な盾となる。最初の火球が激突する。轟音。衝撃。世界が揺れる。レグルスの膝が沈む。次の火球が来る。さらに次。さらに次。
防ぐ。
流す。
逸らす。
宇宙へ押し返す。
だが数が多すぎる。
十発。
二十発。
三十発。
火球を受け流すたび身体が悲鳴を上げる。胃が焼けるように痛い。血が口から溢れる。視界も霞む。それでも止めない。
地上の人々は見ていた。
空で輝く銀色の光。
絶望へ立ち向かう一人の少年を。
誰かが祈る。
誰かが叫ぶ。
誰かが泣く。
その感情が世界中へ広がっていく。
だがその感情の中には絶望も混ざっていた。
恐怖。
不安。
諦め。
そしてその全てをZティターンが吸収していた。
怪物の身体が脈打つ。
無数の眼が開く。
黒い肉体が縮み始める。
月ほどあった大きさが少しずつ小さくなっていく。
しかし放たれる圧力は逆だった。
増している。
強くなっている。
絶望を喰らうほど成長する。
それがZティターンだった。
「まずい……」
レグルスはそれに気付いた。
倒さなくても危険だ。
存在しているだけで成長する。
人類が恐怖するだけで強くなる。
まるで悪夢そのものだった。
その時だった。
Zティターンの口が一斉に開く。
数え切れないほどの口。
その全てへ赤い光が集まっていく。
火球だ。
しかも今までより遥かに大きい。
レグルスは顔を引きつらせた。
「まだ撃つのかよ……!」
次の瞬間。
火球の雨が始まった。
先程までとは比較にならない数だった。空が完全に赤く染まる。世界中で悲鳴が上がる。軍も何もできない。迎撃兵器は全滅。人類はただ見ていることしかできなかった。
レグルスは空へ飛ぶ。
銀色の光を引きながら。
一つの火球を受け流す。
二つ目を弾く。
三つ目を逸らす。
だが追いつかない。
火球は何百。
何千。
まるで終わりがなかった。
そのうち一つが街へ向かう。
レグルスは慌てて進路を変える。
間に合わない。
そう思った瞬間だった。
銀色の光が勝手に動いた。
火球が突然軌道を変える。
レグルスは目を見開いた。
自分の力じゃない。
誰かが介入した。
空間の奥。
見えない場所。
そこから微かに回転が聞こえた。
ギリギリと。
世界そのものが回転しているような音。
だが一瞬で消える。
気のせいかもしれない。
レグルスは首を振った。
今は考える暇がない。
火球が迫る。
防ぐ。
防ぐ。
防ぐ。
それだけだった。
しかし限界は近かった。
腕が上がらない。
呼吸が苦しい。
胃の痛みも酷い。
視界が暗くなる。
その時だった。
地上から声が聞こえた。
避難していた少女だった。
病院で出会ったあの子だ。
「頑張れー!」
その声だった。
たったそれだけ。
だが不思議だった。
身体が少し軽くなった気がした。
続いて別の声が聞こえる。
「負けるな!」
「頼む!」
「助けてくれ!」
世界中ではない。
たった一つの街。
それでも大勢の声だった。
レグルスは目を閉じる。
そして思い出した。
ルカの言葉を。
心を繋ぐ。
昔は意味がよく分からなかった。
だが今なら少し分かる。
力じゃない。
能力じゃない。
人と人との繋がり。
それが支えになる。
だから立てる。
だから戦える。
レグルスは再び空を見上げた。
その目には少しだけ光が戻っていた。
だが。
その瞬間だった。
Zティターンの巨大な眼がレグルスを見つめる。
そして初めて。
怪物がレグルス個人を認識した。
宇宙全体を震わせる咆哮。
次の瞬間。
Zティターンが消えた。
ワープ。
レグルスは息を呑む。
どこへ行った。
探そうとした瞬間。
背後から圧倒的な気配が現れる。
振り返る。
そこにいた。
月ほどの大きさだった怪物が。
既に大陸ほどのサイズへ縮みながら。
レグルスのすぐ背後へ現れていた。
巨大な眼が開く。
無数の口が笑ったように見えた。
そして。
怪物の全ての口へ。
今までで最大の火球が集まり始める。
まるで小さな太陽だった。
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