「受け流す力」
屋上へ吹き荒れる風は強かった。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。レグルスはフェンスの前に立ち、空を見上げる。巨大な火球が迫っていた。遠くから見れば小さく見える。しかし実際には都市一つを消し飛ばすほどの規模だ。地上では避難が続いている。サイレンが鳴り響き、人々の叫び声が聞こえる。
レグルスは静かに息を吐いた。
身体は最悪だった。
長期間まともに食事をしていない。筋力も落ちている。胃は痛む。少し動いただけで息が上がる。それでもここに立っている。
逃げたくなかった。
いや。
本当は逃げたい。
怖かった。
負けるのが怖い。
死ぬのが怖い。
また誰かを失うのが怖い。
だがもっと怖いものがあった。
何もしないことだった。
火球はさらに近付く。
空が赤く染まる。
熱が地上まで届き始めていた。
ビルの窓ガラスがひび割れ、遠くで発火が起きる。まだ落ちてもいないのに被害が出始めていた。
レグルスは腕を前へ出した。
銀色の光が広がる。
インフィニティレガリア。
ルクスの遺産。
自分が受け継いだ希望。
光が腕から全身へ広がり、銀色の装甲が形成されていく。肩、胸、脚。光の粒子が集まり形になる。その姿はかつてよりも少し痩せて見えた。
使い手が弱っているからだ。
レグルス自身にも分かった。
今の自分は全盛期には程遠い。
それでもやるしかない。
「スパイラルディフュージョン」
静かに呟く。
銀色の輪が空中へ出現した。
回転する。
幾重にも。
無限に。
巨大な螺旋が空を覆う。
そして火球が到達した。
轟音。
世界が揺れる。
火球はそのまま螺旋へ激突した。
瞬間。
レグルスの視界が白く染まる。
「ぐっ……!」
全身へ衝撃が走った。
受け流している。
だが重い。
想像以上だった。
星を砕く火球。
その言葉に嘘はなかった。
レグルスの足元が砕ける。
屋上のコンクリートが陥没する。
それでも螺旋は回転を続けた。
攻撃を流す。
逸らす。
無限回転の理論を応用した防御。
だが。
火球が大きすぎる。
レグルスは歯を食いしばった。
血が口から流れる。
胃が悲鳴を上げる。
意識が揺らぐ。
それでも手を離さない。
ここで失敗すれば街が消える。
だから。
ただ耐える。
そして。
螺旋が火球を弾いた。
巨大な火球が軌道を変える。
空へ。
さらに上空へ。
そのまま宇宙へ押し返されていく。
数秒後。
空の彼方で巨大な爆発が起きた。
赤い閃光。
衝撃波。
だが地上への被害はない。
守った。
街を。
人々を。
レグルスは膝をつく。
呼吸が乱れる。
全身が震える。
限界だった。
それでも周囲から歓声が聞こえた。
街の人々だった。
避難していた人々だった。
誰かが叫ぶ。
「あれを見ろ!」
「止めた!」
「火球を止めたぞ!」
歓声は広がる。
希望だった。
絶望の中で初めて生まれた希望。
だがレグルスは喜べなかった。
空を見上げる。
まだ終わっていない。
敵本体がいる。
Zティターン。
あれはまだ何もしていない。
ただ火球を一つ落としただけだ。
そして。
その予感は当たった。
宇宙空間。
Zティターンの巨大な眼が開く。
地球を見ている。
そして。
火球が消えたことを理解した。
無数の口が開く。
咆哮。
音ではない。
存在そのものによる怒り。
すると周囲の空間が歪み始めた。
巨大な火球が一つ。
二つ。
三つ。
十。
二十。
五十。
百。
空間そのものから生成されていく。
人類は凍り付いた。
衛星映像に映る光景。
一発で都市を消す火球。
それが百以上。
空に浮かんでいた。
レグルスも見上げる。
思わず息を呑む。
「嘘だろ……」
声が漏れた。
さっきの一発で限界だった。
それが百。
防げるわけがない。
その時だった。
脳裏にルカが浮かぶ。
病院の屋上。
まだ子供だった頃。
「なあレグルス」
「なんだよ」
「もし世界が終わりそうになったらさ」
「うん」
「その時は一緒に止めような」
何気ない会話だった。
子供の約束だった。
だが。
今でも覚えている。
忘れられない。
レグルスは拳を握った。
ルカはいない。
もういない。
それでも。
その言葉だけは残っている。
「一緒に止めよう」
レグルスは立ち上がった。
膝が笑う。
身体は限界だ。
だが立つ。
目の前には守りたいものがある。
だから立つ。
そして空を見上げる。
百を超える火球。
絶望そのものだった。
だがその奥に。
ついに見えた。
雲を突き破る巨大な影。
月ほどの大きさを持つ黒い怪物。
無数の眼。
無数の口。
地球へ迫る最終宇宙制圧生物兵器。
Zティターン。
レグルスは初めて敵本体を目撃した。
そして理解する。
これは今までの敵とは違う。
ゼルクロノスに匹敵する。
あるいはそれ以上の災厄だと。
空が震える。
地球が震える。
絶望が広がる。
そして。
Zティターンの全ての火球が。
一斉に地球へ向かって放たれた。
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