「降り注ぐ絶望」
空を裂きながら火球が落下していた。
それは隕石ではなかった。自然現象でもなかった。意思を持った破壊そのものだった。大気との摩擦で空が赤く染まる。人々は逃げ惑った。車が渋滞を起こし、道路は混乱に包まれる。誰もが助かりたいと思っていた。誰もが死にたくないと思っていた。しかし火球の速度は人類の想像を遥かに超えていた。
最初の着弾地点は海だった。
巨大な火球が海面へ接触した瞬間、世界が白く染まる。次の瞬間には轟音が地球全体を揺らした。海が吹き飛ぶ。数千メートルの津波が発生する。周辺の島々は跡形もなく消え去った。観測衛星はその光景を記録していたが、多くの人間は理解できなかった。ただ一つだけ分かったことがある。
人類は勝てない。
それだけだった。
病院のテレビでも緊急放送が流れていた。アナウンサーの声は震えている。専門家たちは顔面蒼白だった。軍の高官ですら絶望を隠せていない。レグルスは無言でそれを見ていた。何も感じないと思っていた。だが胸の奥に小さな違和感があった。
昔も見た。
こんな光景を。
ゼルクロノス。
あの日も人々は絶望していた。
あの日も街は壊れた。
あの日も大勢が死んだ。
そして自分は何もできなかった。
テレビ画面が切り替わる。今度は大陸の都市だった。避難が間に合わなかった地域らしい。空から第二の火球が落下している。誰もが空を見上げていた。泣き叫ぶ者。祈る者。家族を抱きしめる者。様々だった。
そして火球は着弾した。
都市が消えた。
爆発ですらない。
ただ消えた。
高層ビルも道路も人も何もかも。そこに都市があったという事実だけが残る。中継映像はそこで途切れた。スタジオも静まり返る。誰も言葉を発せない。何を言えばいいのか分からないのだ。
レグルスは拳を握った。
無意識だった。
テレビの向こうで泣いている少女がいた。瓦礫の中で親を呼んでいる。助けを求めている。その姿が脳裏に焼き付く。
ルカを思い出した。
あの日。
自分へ手を伸ばしていたルカを。
助けられなかった。
その記憶が蘇る。
胸が苦しくなる。
呼吸が乱れる。
胃が痛む。
だがそれ以上に嫌だった。
また同じ光景を見ることが。
また何もできないことが。
その頃、宇宙空間ではZティターンが地球を見下ろしていた。巨大な目がゆっくり開く。都市が消えたことで生まれた絶望。その感情が黒い霧のように集まっていく。Zティターンはそれを吸収した。
すると身体が変化する。
肉体が縮む。
月ほどあった大きさが少し小さくなる。
しかし放たれる圧力は逆に増していた。
成長している。
絶望を喰らいながら。
強くなっている。
各国は総攻撃を決断した。宇宙基地からミサイルが発射される。軌道兵器も動員された。ありとあらゆる兵器がZティターンへ向かう。しかし結果は一つだった。
効かない。
直撃しても傷一つ付かない。
爆炎の中から現れたZティターンは無傷だった。
人類はさらに絶望した。
希望が消えていく。
その感情をまた喰らう。
まるで悪夢だった。
病院の窓の外では人々が騒いでいた。避難命令が出ているらしい。看護師たちも慌ただしく動き回る。患者の移送準備が始まっていた。
「早くしてください!」
「車が足りません!」
「重症患者から移送します!」
怒号が飛び交う。
レグルスはベッドへ座ったまま聞いていた。
その時だった。
病院が揺れた。
轟音。
窓ガラスが砕け散る。
悲鳴が響く。
遠くで爆発が起きたらしい。
レグルスは反射的に立ち上がった。
足がふらつく。
長い間まともに動いていなかったせいだ。
それでも立った。
窓の外を見る。
街の一部が燃えていた。
黒煙が空へ昇っている。
火球の破片。
それだけでこの被害だった。
レグルスは呆然と立ち尽くす。
その光景を見ていると、胸の奥から感情が湧き上がってきた。
恐怖ではない。
怒りだった。
何故だ。
何故またこんなことが起きる。
何故人々が苦しまなければならない。
何故誰も止められない。
そして何故。
自分はここで何もしていない。
その時だった。
病院の廊下から少女の泣き声が聞こえる。
小さな子供だった。
避難中にはぐれたらしい。
泣きながら母親を探している。
誰も手が回らない。
皆必死だった。
だから誰も気付かない。
少女は転んだ。
床へ倒れる。
その姿を見た瞬間だった。
レグルスの身体が勝手に動いた。
病室を飛び出す。
少女へ駆け寄る。
そして抱き起こした。
少女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「お兄ちゃん……」
その一言だった。
レグルスの胸に突き刺さった。
助けを求められた。
頼られた。
それは久しぶりの感覚だった。
少女は震えながらレグルスの服を掴む。
レグルスは何も言えなかった。
ただ。
心の奥で止まっていた何かが。
ほんの少しだけ。
動き始めていた。
その頃、空の彼方ではZティターンが第三の火球を生成していた。
今度の標的は。
この街だった。
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