「隔絶世界」
暗闇だった。
どこまでも続く暗闇。
だが完全な闇ではない。
遠くには光がある。
近付こうとすると消える。
振り返ると別の場所で輝いている。
まるで世界そのものが生きているようだった。
レグルスは立ち尽くしていた。
ルカが消えた。
その光景が頭から離れない。
助けられなかった。
守れなかった。
まただ。
また何もできなかった。
拳を握る。
爪が掌へ食い込む。
痛みが走る。
だがその痛みすら今はどうでもよかった。
胸の奥に残っているのは空洞だった。
大切なものが消えた穴。
それだけが残っていた。
「ルカ……」
呼んでみる。
返事はない。
当然だった。
それでも呼びたかった。
もう二度と聞こえない名前かもしれないから。
レグルスは歩き始めた。
ここがどこなのか分からない。
出口があるのかも分からない。
だが立ち止まる気にはなれなかった。
何もしなければルカの最後まで無意味になる気がした。
しばらく歩く。
何時間経ったのか分からない。
時間の感覚がおかしい。
空もない。
太陽もない。
時計もない。
なのに疲れない。
腹も減らない。
喉も渇かない。
生きている感覚だけがある。
そして歩き続けた先で異変が起きた。
目の前の空間が割れた。
ガラスのようだった。
パキッ。
小さな音。
だがその亀裂はどんどん広がる。
レグルスは思わず身構える。
次の瞬間。
亀裂の向こうから巨大な岩石が飛び出した。
「なっ!?」
反射的に飛び退く。
岩石はそのまま後方へ飛んでいく。
そして消えた。
存在そのものが消滅した。
レグルスは目を見開く。
今のは何だ。
幻覚ではない。
確かに存在していた。
すると今度は別の場所が割れた。
海が見えた。
次の瞬間には砂漠。
さらに次は雪山。
知らない景色が次々と現れる。
そして消える。
世界の断片。
そんな言葉が頭をよぎった。
レグルスはゆっくり近付く。
割れ目の向こうに広がる景色。
どれも本物に見えた。
風が吹いている。
波が動いている。
雪が降っている。
なのに触れようとすると消える。
意味が分からない。
ここは何なんだ。
レグルスがそう考えた時だった。
突然。
足元が揺れた。
空間全体が震える。
まるで巨大な地震。
いや。
もっと根本的な何か。
世界そのものが軋んでいるようだった。
そして。
頭の中へ映像が流れ込んできた。
知らない景色。
知らない空。
巨大な都市。
空飛ぶ建造物。
輝く海。
見たこともない文明。
だが次の瞬間。
全てが崩壊した。
黒い光。
絶叫。
炎。
破壊。
空が砕ける。
大地が裂ける。
文明が消える。
そして最後に見えた。
黒い影。
巨大だった。
惑星ほどではない。
だが山より遥かに大きい。
その存在が空を覆っていた。
レグルスは息を呑む。
見たこともない。
だが本能が告げる。
危険だと。
絶対に近付いてはいけないと。
映像はそこで終わった。
レグルスは膝をつく。
頭痛がする。
今のは何だった。
夢か。
幻覚か。
違う。
あまりにも鮮明だった。
そして何より。
恐怖が残っている。
本物を見た時にしか残らない恐怖だった。
「何なんだよ……」
誰へ向けるでもなく呟く。
返事はない。
静寂だけが広がる。
レグルスは立ち上がる。
その時だった。
遠くに何かが見えた。
塔だった。
黒い塔。
今まで存在しなかったはずなのに。
いつの間にか立っている。
あまりにも巨大だった。
天井のない空間なのに果てが見えない。
どこまでも続いている。
レグルスはしばらく見つめる。
嫌な予感しかしない。
だが。
ここで初めて見つけた目印だった。
他に行く場所もない。
レグルスは歩き始める。
黒い塔を目指して。
一歩。
また一歩。
進む。
すると不思議なことに塔が近付いてくる。
いや。
自分が近付いているのではない。
塔の方が寄ってきている。
空間そのものが捻じ曲がっている。
レグルスは思わず立ち止まった。
その瞬間。
背後から声が聞こえた気がした。
振り返る。
誰もいない。
気のせいだったのかもしれない。
だが確かに聞こえた。
笑い声のようなものが。
冷たい。
不気味な。
人間ではない何かの笑い声。
レグルスの背筋を汗が伝う。
ここは危険だ。
ようやく理解する。
自分は助かったわけではない。
別の場所へ連れて来られただけだ。
そしてその場所には何かがいる。
まだ姿を見せていないだけで。
確実に。
レグルスは再び塔を見る。
巨大な黒い塔。
その頂上付近。
ほんの一瞬だけ。
誰かの影が立っているように見えた。
だが瞬きをした瞬間には消えていた。
見間違いかもしれない。
だが。
その存在だけは確信できた。
この世界には自分以外もいる。
そしてその何者かは。
ずっとこちらを見ている。
レグルスは無意識にインフィニティレガリアへ触れた。
銀色の腕輪は静かだった。
何も教えてくれない。
だから自分で進むしかない。
ルカを失った今。
前へ進む理由は一つしかなかった。
ゼルクロノスを倒す。
そのために。
レグルスは黒い塔へ向かって歩き続ける。
気付かないまま。
その空間での一年が。
現実世界では一瞬にも満たないことを。
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