「喪失」
黒い繭が脈動していた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
まるで巨大な心臓だった。
施設全体が震えている。
天井から瓦礫が落ちる。
壁には亀裂が広がる。
それでもレグルスは繭から目を離せなかった。
本能が告げていた。
あれは危険だ。
存在してはいけないものだと。
ルカも繭を見ていた。
顔色は真っ青だった。
全身から黒い光が漏れている。
呼吸も荒い。
立っているだけで精一杯に見えた。
「ルカ!」
レグルスが叫ぶ。
「こっちへ来い!」
ルカは反応しない。
いや。
反応できなかった。
繭が再び脈動する。
その瞬間だった。
黒い糸のようなものが繭から伸びた。
無数だった。
生き物の触手のようにも見える。
それらが一斉にルカへ突き刺さった。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫。
ルカの身体が浮き上がる。
レグルスは目を見開いた。
「ルカ!!」
駆け出す。
だが遅い。
黒い糸がルカの全身を覆っていく。
命そのものを吸い取るように。
ルカの身体が痩せていく。
肌が青白くなる。
目の光が消えていく。
レグルスはスパイラルディフュージョンを発動した。
銀色の回転が広がる。
糸を受け流そうとする。
しかし。
触れた瞬間に回転が弾かれた。
「なっ!?」
初めてだった。
スパイラルディフュージョンが押し負ける。
繭の力は圧倒的だった。
ルカは苦しそうに顔を上げる。
視線がレグルスを探す。
そして見つけた。
「……レグルス」
小さな声。
消えそうな声だった。
レグルスは必死に手を伸ばす。
「待ってろ!」
「助ける!」
「絶対助けるから!」
ルカは弱々しく笑った。
昔の顔だった。
幼い頃と変わらない。
親友の顔だった。
「ごめん」
その一言だった。
レグルスの動きが止まる。
「ごめん」
ルカはもう一度言う。
「俺……」
言葉が途切れる。
黒い光が身体を覆う。
「本当は」
呼吸が止まりそうになる。
「お前と……」
そこで声が消えた。
次の瞬間。
黒い光が爆発した。
轟音。
世界が揺れる。
レグルスは吹き飛ばされる。
壁へ叩き付けられる。
そして。
光が消えた。
静寂。
何も聞こえない。
レグルスは震えながら顔を上げた。
そこには。
誰もいなかった。
ルカがいた場所には何も残っていない。
血もない。
骨もない。
痕跡すらない。
ただ。
黒い繭だけが浮いていた。
まるで最初からそうだったかのように。
レグルスは理解できなかった。
理解したくなかった。
ゆっくり立ち上がる。
足が震える。
呼吸が乱れる。
そして。
叫んだ。
「ルカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
返事はない。
当然だった。
もう。
どこにもいない。
親友は消えた。
救えなかった。
まただ。
何も守れなかった。
レグルスは膝をつく。
涙が落ちる。
拳が震える。
悔しかった。
苦しかった。
許せなかった。
自分自身も。
そして。
あの繭の中にいる存在も。
黒い繭が脈動する。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
まるで笑っているようだった。
その瞬間。
レグルスの中で何かが切れた。
ゆっくり立ち上がる。
涙を拭う。
瞳に宿る感情は一つだけだった。
怒り。
憎しみ。
そして。
復讐心。
「許さない」
小さく呟く。
黒い繭は反応しない。
「絶対に」
銀色の腕輪が光る。
インフィニティレガリアが共鳴する。
「絶対にお前を倒す」
黒い繭が脈動する。
ドクン。
世界が震える。
その時だった。
空間が歪む。
レグルスの周囲に無数の光の輪が現れる。
「何だ……?」
見たことのない現象だった。
光は増殖していく。
床を覆う。
壁を覆う。
空間そのものを覆う。
そして。
インフィニティレガリアが強く輝いた。
まるで何かへ反応するように。
ルクスの声が脳裏に響く。
『守るために使え』
レグルスは振り返る。
だが誰もいない。
その瞬間。
光が爆発した。
視界が真っ白になる。
重力が消える。
音が消える。
世界が消える。
レグルスは何かへ引き込まれていく。
落ちているのか。
浮いているのか。
それすら分からない。
やがて。
ゆっくり目を開く。
そこは知らない場所だった。
空がない。
地面もない。
光と闇だけが存在している。
無限に続く異空間。
現実とは明らかに違う。
レグルスは息を呑む。
「ここは……」
返事はない。
だが。
遠く。
本当に遠く。
誰かの気配がした。
人影のようなものが見える。
それが誰なのかは分からない。
男なのか女なのかも分からない。
ただ。
こちらを見ている。
その瞬間。
空間全体へ声が響いた。
「ようこそ」
聞いたことのない声だった。
「継承者よ」
レグルスは反射的に構える。
だが声の主は姿を見せない。
光と闇だけが揺れている。
そして。
その存在は最後にこう告げた。
「ここから先がお前の本当の戦いだ」
レグルスは何も答えられなかった。
親友を失ったばかりだった。
復讐を誓ったばかりだった。
なのに世界は止まらない。
運命は止まらない。
そして。
誰も知らない新たな物語が始まろうとしていた。
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