「孤独の先にあるもの」
ルカが姿を消してから二週間が過ぎていた。
街は変わらない。朝になれば人々は仕事へ向かい、学生は学校へ通う。夕方になれば帰宅し、夜になれば眠る。何も変わらない日常が続いている。だがレグルスにとっては違った。
教室の窓際。
そこには今も空席がある。
誰も座らない席。
誰も触れない机。
教師も生徒も徐々に慣れ始めていたが、レグルスだけは慣れることができなかった。
授業中も。
休み時間も。
帰り道も。
気付けば視線が向いてしまう。
「どこ行ったんだよ……」
小さく呟く。
返事はない。
当然だった。
だがレグルスには諦めるという選択肢がなかった。
放課後になると、彼は毎日のように街を歩いていた。
採掘場。
廃工場。
河川敷。
裏山。
ルカが行きそうな場所を探し続ける。
何の手掛かりもない。
それでも探した。
親友だからだ。
一方その頃。
街から数十キロ離れた山奥。
人の気配すらない廃研究施設の中でルカは一人暮らしていた。
薄暗い部屋。
割れた窓。
剥がれた壁。
まともな生活環境ではない。
それでもここなら誰も傷付けない。
そう思っていた。
だが孤独は予想以上に重かった。
朝起きる。
水を飲む。
食料を食べる。
眠る。
会話はない。
笑うこともない。
ただ時間だけが過ぎていく。
最初の数日は楽だった。
静かだった。
誰にも迷惑をかけない。
それで良かった。
だが一週間を超えた頃から違和感が生まれた。
誰とも話さない。
誰とも目を合わせない。
その状態が続くと、人間は少しずつ壊れていく。
ルカ自身もそれを感じ始めていた。
そんなある日の夜だった。
夢を見る。
いつもの夢だ。
黒い空。
崩壊した都市。
燃える大地。
だが今回は違った。
今まで見たことのない景色がある。
巨大な影。
人ではない。
建物よりも大きい。
山よりも巨大だった。
それはゆっくりと立ち上がる。
世界そのものを見下ろすように。
ルカは動けない。
身体が震える。
恐怖ではない。
本能だった。
生物としての本能が警鐘を鳴らしている。
近付いてはいけない。
見てはいけない。
理解してはいけない。
その存在がゆっくり顔を上げる。
そこで目が覚めた。
全身が汗で濡れていた。
呼吸も荒い。
心臓が激しく脈打っている。
「なんなんだよ……」
ルカは頭を抱える。
最近ずっとこうだ。
夢が増えている。
幻聴も増えている。
身体も重い。
その時だった。
胸の奥に激痛が走る。
「っ!」
息が止まる。
膝をつく。
痛い。
今までとは比べ物にならない。
身体の内側から何かに握り潰されているようだった。
呼吸ができない。
視界が揺れる。
床に血が落ちる。
咳と一緒に吐き出されたものだった。
ルカは自分の手を見る。
赤い。
明らかに量が増えていた。
その瞬間。
インペリアルレリックが光る。
黒い光だった。
そして頭の中で声が響く。
――まだ足りない。
ルカは顔を上げる。
――もっと力を受け入れろ。
――もっと強くなれ。
――もっと。
「黙れ!」
叫ぶ。
だが声は止まらない。
――弱かっただろう。
――守れなかっただろう。
――だから力を求めた。
その言葉にルカは固まる。
否定できなかった。
弱かった。
何もできなかった。
だから欲しかった。
力が。
その瞬間。
黒い光が身体を包む。
ルカは苦しそうに胸を押さえた。
身体の中を何かが流れていく。
命そのものを吸われているような感覚だった。
しかし同時に。
力も増えていく。
矛盾している。
壊れていくのに強くなる。
死に近付くのに力が増す。
それがあまりにも異常だった。
その頃。
レグルスは街外れの丘にいた。
夕焼けが広がっている。
十年前。
ルクスが最後に戦ったと言われる場所だった。
もちろんレグルスは当時を知らない。
だが何故か時々ここへ来てしまう。
風が吹く。
静かな場所だった。
その時だった。
胸元で何かが光る。
レグルスは驚いて首元を掴んだ。
ペンダントだった。
ルクスの遺品。
十年前から残されていたもの。
それが微かに発光している。
「え……?」
初めてだった。
今までこんなことはなかった。
ペンダントはゆっくりと光を強める。
まるで何かを示すように。
どこか遠くを。
レグルスは息を呑む。
偶然ではない。
理由がある。
直感だった。
何かが起きている。
そしてその中心にルカがいる。
そんな確信が胸の奥で生まれる。
夕焼けの空を見上げる。
その時だった。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
空の遥か彼方に黒い影が見えた気がした。
巨大な何か。
雲の向こう側に存在する異物。
だが瞬きをした瞬間には消えていた。
見間違いかもしれない。
幻覚かもしれない。
それでもレグルスは理由もなく寒気を覚える。
世界が静かすぎた。
何かが近付いている。
そんな予感だけが残る。
そして山奥では。
インペリアルレリックが静かに脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
まるで眠る怪物の鼓動のように。
その奥深くで。
まだ誰も知らない復活への時計が動き始めていた。
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