「届かない言葉」
雨は夜になっても降り続いていた。
病院の一室。
レグルスはベッドの上で目を開けた。
白い天井。
消毒液の匂い。
規則正しく鳴る機械音。
見慣れた景色だった。
だが今までとは違う。
全身が痛かった。
右腕は固定されている。
肋骨も数本折れていた。
頭にも包帯が巻かれている。
少し動くだけで激痛が走った。
「っ……」
思わず息が漏れる。
そこでようやく思い出した。
病院。
ルカ。
爆発。
そして。
あの叫び。
レグルスはゆっくり目を閉じる。
思い出したくなかった。
だが忘れられなかった。
ルカの顔。
あの時の表情。
怒っていたわけではない。
憎んでいたわけでもない。
ただ。
苦しそうだった。
それだけははっきり覚えていた。
病室の扉が開く。
看護師だった。
「起きましたか」
レグルスは小さく頷く。
「三日も眠っていたんですよ」
三日。
思ったより長かった。
看護師は笑顔を見せる。
「ご家族も安心します」
レグルスは何も言わない。
聞きたいことは別だった。
「……誰か来ましたか」
看護師は少しだけ考えた。
「ご家族以外ですか?」
レグルスは頷く。
そして。
聞いてしまう。
「ルカは」
看護師は首を横に振った。
「来ていません」
胸の奥が少しだけ痛んだ。
身体ではない。
別の場所だった。
レグルスは窓を見る。
雨が降っている。
静かな雨だった。
昔のことを思い出す。
二人で病院を抜け出したこと。
退屈な検査を嫌がったこと。
いつか元気になったら色んな場所へ行こうと話したこと。
全部。
遠い昔みたいだった。
「なんでだよ……」
小さく呟く。
怒りではない。
悲しみだった。
同じ頃。
街外れの採掘跡地。
ルカは一人で立っていた。
雨に濡れながら。
動かない。
帰る気にもなれなかった。
三日。
三日間。
何もしていない。
眠れなかった。
食事もほとんど取っていない。
目を閉じれば思い出す。
吹き飛ぶレグルス。
泣き叫ぶレグルス。
震えるレグルス。
助けを求めるレグルス。
全部。
全部。
自分がやった。
「……」
拳を握る。
震えている。
その時だった。
胸の奥で熱が走る。
黒い光。
インペリアルレリック。
ルカは顔を歪めた。
最近頻繁に起きる。
まるで身体の中を何かが這い回るような感覚。
息苦しい。
心臓が重い。
頭も痛い。
それでも。
力だけは増している。
以前より遥かに。
異常なほど。
「何なんだよ……」
答える者はいない。
だが。
微かに。
本当に微かに。
声が聞こえた気がした。
――もっと強くなれる。
ルカの背筋が凍る。
振り返る。
誰もいない。
風だけが吹いていた。
だが確かに聞こえた。
「気のせいだ……」
そう言い聞かせる。
だが不安は消えない。
レグルスの言葉が蘇る。
身体壊してるじゃないか。
顔色も悪い。
震えてる。
全部。
否定できなかった。
ルカは歯を食いしばる。
それでも。
手放せない。
力を失うことが怖かった。
また弱くなるのが怖かった。
だから。
見ないふりをする。
気付かないふりをする。
その夜。
レグルスは眠れなかった。
ルカも眠れなかった。
二人とも同じ空を見ていた。
だが距離は今までで一番遠かった。
そして。
その頃。
誰もいない山奥。
深い地中。
封印された遺跡の奥で。
黒い光が脈打っていた。
まるで心臓のように。
一度。
二度。
三度。
ゆっくりと。
確実に。
何かが目覚めへ近付いていた。
その存在の名を。
まだ誰も知らない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
十年前。
世界を滅ぼしかけた災厄は。
決して終わってはいなかった。
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