「見えない傷」
ルカが奇妙な夢を見るようになってから、その頻度は明らかに増えていた。
最初は数日に一度だった。
それが今では毎晩だ。
眠れば見る。
目を閉じれば現れる。
崩壊した都市。
燃え続ける空。
無数の亡骸。
そして玉座に座る黒い存在。
ルカは朝、目覚めるたびに疲労を感じていた。
身体が重い。
腕がだるい。
呼吸も少し苦しい。
だが、それでもインペリアルレリックを手放そうとは思わなかった。
むしろ逆だった。
力は日に日に増している。
以前なら持ち上げられなかった岩を片手で動かせる。
跳躍力も常人離れしている。
ハルバードを振るたびに空気が裂ける。
弱かった自分が遠ざかっていく。
その感覚だけは心地良かった。
だから多少の代償など気にならなかった。
放課後。
ルカはいつもの採掘跡地へ向かう。
誰にも見られない場所。
そこで毎日のように力を試している。
ハルバードを構える。
踏み込む。
振る。
轟音。
巨大な岩壁が真っ二つに割れた。
土煙が舞い上がる。
だがルカは満足しなかった。
まだ足りない。
もっと強く。
もっと。
その瞬間だった。
頭の中に声が響く。
『もっとだ』
ルカの動きが止まる。
振り返る。
誰もいない。
静寂だけが広がる。
だが確かに聞こえた。
以前よりはっきりと。
『まだ足りない』
低い声。
重い声。
まるで脳の奥から響いてくるような感覚。
ルカは眉をひそめる。
「……幻聴か」
そう呟く。
だが内心では分かっていた。
違う。
これは偶然じゃない。
インペリアルレリックを手に入れてから始まった現象だ。
しかし、それでも捨てるという選択肢はなかった。
今さら戻れない。
力を知ってしまったからだ。
一方その頃。
レグルスは街外れの森にいた。
最近、自分の能力について考える時間が増えていた。
エターナルリンク。
物と物を繋ぐ力。
それ以上でもそれ以下でもない。
派手ではない。
強くもない。
だが確実に人を助けることはできる。
レグルスは木の枝を拾った。
石を置く。
そして能力を発動する。
枝と石を繋ぐ。
二つは見えない何かで結ばれる。
動かしても離れない。
これまではそこで終わりだった。
だがレグルスは考える。
本当にそれだけなのか。
ルクスならどうしただろう。
十年前。
世界を救った少年。
あの人なら。
もっと違う使い方をしたはずだ。
レグルスは集中する。
繋ぐ。
もっと細かく。
もっと正確に。
枝と石。
石と地面。
地面と木。
複数同時。
すると微かな変化が起きた。
枝が不自然な動きをする。
レグルスは目を見開く。
「今……」
偶然ではない。
確かに何かが起きた。
能力の反応が変わった。
レグルスは何度も試した。
失敗。
失敗。
失敗。
だが夕方になった頃。
ようやく成功する。
枝が石を引っ張った。
ほんの数センチ。
だが確かに動いた。
レグルスは息を呑む。
今までは繋ぐだけだった。
だが今は違う。
繋がったもの同士が影響を与えている。
能力の新しい可能性。
その入り口だった。
「まだ先がある……」
胸が高鳴る。
初めてだった。
能力の成長を実感したのは。
その時。
遠くで悲鳴が聞こえた。
レグルスは反射的に走る。
森を抜ける。
街道へ出る。
そこには横転した車両があった。
数人が閉じ込められている。
周囲の大人たちは助けようとしているが持ち上がらない。
レグルスは迷わなかった。
車両と近くの鉄柱を繋ぐ。
さらに地面とも繋ぐ。
集中。
力を込める。
見えない繋がりが強まる。
すると車体が少し持ち上がった。
周囲の人々が驚く。
その隙に閉じ込められていた人々が救出される。
安堵の声。
感謝の言葉。
レグルスは少し照れながら笑った。
強くなくてもいい。
誰かを助けられるなら。
それでいい。
そう思った。
だが、その夜。
別の場所では異変が起きていた。
ルカの部屋。
真夜中。
眠っていたルカは激しい咳で目を覚ます。
口元を押さえる。
手を見る。
赤かった。
血。
ルカは目を見開く。
一瞬だけ動けなくなる。
だがすぐに血を拭き取った。
「大丈夫だ」
誰に言うでもなく呟く。
疲労が溜まっているだけだ。
そう思い込もうとする。
しかし鏡に映った自分の顔は明らかに青白かった。
以前より痩せている。
目の下には隈もできていた。
それでもルカは認めない。
認めたくなかった。
インペリアルレリックが原因だと。
認めてしまえば手放さなければならない。
それだけは嫌だった。
弱かった頃には戻りたくない。
絶対に。
その瞬間。
部屋の隅に置かれた黒い装甲が微かに光る。
誰も見ていない。
誰も気付かない。
だが確かに光った。
まるで生き物のように。
まるで何かを吸収しているように。
そして遥か遠く。
誰も知らない場所で。
巨大な黒い空間の中。
一つの鼓動が鳴った。
ドクン。
まるで心臓の音。
ドクン。
長い眠りの中にある何か。
それはまだ目覚めていない。
だが確実に近づいていた。
復活の時が。
そしてルカは知らない。
自分がその復活に利用されていることを。
知らないまま、さらに深く力へ手を伸ばそうとしていた。
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