「力の代償」
レグルスとルカが叫び合った日から三日が過ぎていた。
学校では何事もなかったかのように時間が流れている。しかしレグルスの中では違った。あの日の言葉が何度も頭の中で繰り返される。
「俺は俺の力で生きる」
ルカの叫び。
怒り。
苦しみ。
そして孤独。
レグルスは授業中も上の空だった。
ルカの席を見る。
窓際。
いつも通り一人。
以前と変わらないはずなのに、どこか違う。
近寄りがたい空気がある。
それだけではない。
最近のルカは妙に疲れて見えた。
顔色も悪い。
だが本人は気にしていないようだった。
昼休み。
ルカは誰より早く教室を出る。
レグルスは追わなかった。
追えばまたぶつかる。
今はまだ駄目だ。
そう思った。
だがその判断は間違っていたのかもしれない。
放課後。
ルカは再び採掘跡地へ向かっていた。
インペリアルレリック。
その力は日に日に増している。
最初は岩を砕くだけだった。
今は違う。
ハルバードを振る。
轟音。
数十メートル先の岩壁が崩壊する。
地面が揺れる。
風圧だけで周囲の砂が吹き飛ぶ。
ルカは自分の手を見る。
信じられなかった。
こんな力。
以前の自分なら想像すらできない。
だが満足感と同時に違和感もあった。
身体が重い。
妙に疲れる。
睡眠時間は変わっていない。
食事もしている。
なのに疲労だけが蓄積していく。
ルカは首を振った。
気のせいだ。
そう思おうとする。
その時だった。
激痛。
頭の奥を何かが引き裂くような痛み。
ルカは膝をついた。
視界が歪む。
耳鳴り。
吐き気。
そして――見えた。
燃えている。
巨大な都市。
空には無数の戦艦。
地面には倒れた人々。
崩壊。
絶望。
そしてその中心。
玉座。
そこに座る黒い影。
以前より近い。
以前より鮮明。
その存在を見るだけで身体が震える。
理解できない。
だが本能が叫んでいた。
近付いてはいけない。
見てはいけない。
それでも視線を逸らせない。
黒い影がゆっくり顔を上げる。
その瞬間。
映像が途切れた。
ルカは荒い息を吐く。
全身が汗で濡れていた。
「またか……」
回数が増えている。
そして鮮明になっている。
偶然ではない。
だが理由も分からない。
インペリアルレリックが微かに脈打つ。
まるで何かを待っているようだった。
翌日。
学校帰り。
レグルスは街外れの橋を歩いていた。
頭の中はルカのことでいっぱいだった。
何かがおかしい。
あの日叫び合った時からずっと感じている。
焦りにも似た感覚。
そんな時だった。
突然悲鳴が聞こえた。
振り向く。
橋の反対側。
大型輸送車が制御を失っていた。
ブレーキが壊れている。
歩行者が逃げ惑う。
レグルスは反射的に走った。
間に合わない。
だが身体が勝手に動く。
胸の奥が熱くなる。
エターナルリンク。
発動する。
レグルスは橋の支柱と輸送車を繋いだ。
瞬間。
輸送車が強制的に引っ張られる。
轟音。
道路が削れる。
だが止まった。
歩行者たちは無事だった。
歓声が上がる。
レグルスは息を切らしながら立ち尽くす。
以前より発動が早い。
以前より強い。
少しずつだが能力が成長している。
しかしその時だった。
遠くから見ている人影に気付く。
ルカだった。
視線が合う。
数秒。
互いに動かない。
やがてルカが近付いてくる。
レグルスは少し驚いた。
向こうから来るとは思わなかった。
ルカは止まる。
輸送車を見る。
橋を見る。
そしてレグルスを見る。
「それがお前の力か」
レグルスは頷いた。
「うん」
短い沈黙。
ルカは笑う。
だがそれは優しい笑みではなかった。
「弱いな」
レグルスの胸が少し痛む。
しかし反論しなかった。
事実だからだ。
物と物を繋ぐだけ。
派手さもない。
破壊力もない。
ルカの力とは比べ物にならない。
だが次の瞬間。
レグルスは静かに言った。
「それでも人は守れた」
ルカの笑みが消える。
沈黙。
風が吹く。
レグルスは続けた。
「強さだけじゃない」
「守る方法は一つじゃない」
ルカは何も言わない。
ただ見ている。
やがて小さく呟いた。
「そうか」
それだけだった。
そして背を向ける。
レグルスは呼び止めなかった。
だが気付いてしまった。
ルカの歩き方。
少しふらついている。
以前にはなかった。
レグルスは眉をひそめる。
「ルカ」
思わず声を掛ける。
ルカが止まる。
振り返らない。
「大丈夫か」
数秒の沈黙。
そして返ってきた言葉は短かった。
「余計なお世話だ」
そのまま歩き去る。
レグルスは追えなかった。
だが胸騒ぎだけが残った。
何かが起きている。
ルカ自身も気付いていない何かが。
その夜。
ルカは自室で目を覚ました。
真夜中だった。
呼吸が荒い。
また夢を見た。
崩壊した世界。
玉座。
黒い影。
だが今日は違った。
初めて聞こえたのだ。
声が。
『まだ足りない』
低い声。
重い声。
世界そのものが話しているような声。
ルカは飛び起きる。
部屋には誰もいない。
静寂だけ。
だがインペリアルレリックは脈打っていた。
ドクン。
ドクン。
まるで生きている心臓のように。
そしてルカは知らない。
その力を使う度に、自分の命が少しずつ削られていることを。
その事実を知る者は、まだ誰もいなかった。
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