「叫び」
校舎崩落事故から一週間が過ぎていた。
街は平穏を取り戻したように見える。学校も普段通り授業が行われ、生徒たちは日常へ戻り始めていた。しかしレグルスにとっては違った。
何も戻っていない。
ルカとの距離だけが日に日に広がっていた。
教室にいても話さない。
帰り道も別々。
目が合っても逸らされる。
それが何より苦しかった。
その日の放課後もルカは誰より早く教室を出た。
レグルスは迷わなかった。
追いかける。
今日こそ終わらせる。
逃げるのも、避けるのも。
全部だ。
街外れの採掘跡地。
ルカはいつもの場所にいた。
巨大な岩壁の前。
ハルバードを握り締めている。
インペリアルレリックの黒い装甲が夕日に照らされていた。
「ルカ!」
声を上げる。
ルカは振り返らない。
「帰れ」
短い一言だった。
だがレグルスは引かなかった。
「帰らない」
「帰れ」
「嫌だ」
沈黙。
風だけが吹いている。
ルカはゆっくり振り返った。
その目に苛立ちが見える。
「何回言わせるんだ」
「何回でも言う」
レグルスは拳を握った。
「なんで避けるんだよ!」
ルカの眉が動く。
「避けてない」
「避けてる!」
「違う」
「違わない!」
声が響く。
今まで溜め込んでいた感情が止まらなかった。
「なんで一人で抱え込むんだよ!」
「関係ない」
「関係ある!」
ルカの目が鋭くなる。
「ない」
「ある!」
「ない!」
「ある!」
互いに譲らない。
昔なら笑って終わっていた。
だが今は違う。
二人とも本気だった。
レグルスは叫ぶ。
「僕たち親友だっただろ!」
ルカの表情が一瞬だけ揺れた。
だがすぐ消える。
「過去の話だ」
「違う!」
「違わない!」
ルカも声を荒げた。
「いつまで昔の話をしてる!」
「だって友達だろ!」
「友達だから何だって言うんだよ!!」
怒号が響く。
レグルスは息を呑む。
ルカは止まらなかった。
「友達だから守れるのか!?」
「違う!」
「友達だから死なないのか!?」
「それは!」
「友達だから強くなれるのか!?」
ルカの拳が震えていた。
怒りだけじゃない。
もっと別の感情。
苦しみ。
悲しみ。
悔しさ。
それが混ざっている。
「俺は弱かったんだよ!!」
レグルスの身体が硬直する。
ルカは叫び続けた。
「病気で倒れて!」
「走れなくて!」
「戦えなくて!」
「何もできなくて!」
「ずっと守られる側だったんだよ!!」
採掘場に声が響く。
レグルスは知っている。
全部。
隣で見てきたから。
だがルカは止まらない。
「悔しかったんだよ!」
「何もできない自分が!」
「弱い自分が!」
「大嫌いだったんだよ!!」
ルカの声が震える。
レグルスは初めて見た。
ルカがこんな顔をするのを。
今まで強く見えた。
冷たく見えた。
だが違った。
ずっと苦しんでいた。
ずっと。
レグルスは叫ぶ。
「分かるよ!!」
ルカが黙る。
「分かるに決まってるだろ!!」
今度はレグルスの番だった。
「僕だって同じだった!」
「同じように病気だった!」
「同じように走れなかった!」
「同じように苦しかった!」
声が枯れる。
それでも止まらない。
「だから一緒に頑張ったんだろ!」
「違う!」
「違わない!!」
「俺とお前は違う!!」
ルカが叫ぶ。
「お前は人に頼れる!」
「お前は誰かを信じられる!」
「でも俺は違う!!」
レグルスの胸が痛む。
ルカは続けた。
「結局最後に頼れるのは自分だけだ!」
「だから強くなる!」
「誰にも頼らない!」
「誰にも守られない!」
「俺は俺の力で生きる!!」
静寂。
数秒。
レグルスは俯いた。
そしてゆっくり顔を上げる。
「それで幸せなのか」
ルカの目が揺れる。
レグルスは続けた。
「一人で生きて」
「一人で戦って」
「一人で強くなって」
「それで本当に幸せなのかよ!」
ルカは答えない。
レグルスは一歩前へ出た。
「僕は嫌だ」
震える声。
だが真っ直ぐだった。
「誰かを失うのは嫌だ」
「友達を失うのも嫌だ」
「大切な人が苦しむのも嫌だ」
「だから繋がりたい」
「だから助けたい」
「だから――」
息を吸う。
そして叫ぶ。
「僕はお前を失いたくないんだよ!!」
沈黙。
風が吹く。
ルカは目を見開いていた。
予想していなかったのだろう。
レグルスの本音を。
だが次の瞬間。
ルカは顔を背けた。
「勝手にしろ」
小さな声だった。
「ルカ!」
「もう来るな」
レグルスの身体が止まる。
ルカは振り返らない。
「次は本当に知らない」
そう言い残して歩き出した。
夕日の中へ。
レグルスは追えなかった。
追いたかった。
だが今は違う。
今追えば壊れる。
そんな気がした。
ルカの姿が見えなくなる。
レグルスは一人残された。
胸が痛い。
苦しい。
何も解決していない。
むしろ前より悪くなったかもしれない。
それでも。
一つだけ分かった。
ルカも苦しんでいる。
ルカも傷付いている。
だからこそ諦められない。
レグルスは空を見上げる。
夕日が沈んでいく。
その時だった。
胸の奥でエターナルリンクが微かに反応した。
まるで何かに共鳴するように。
レグルスは気付かない。
遠く離れた場所で、インペリアルレリックもまた同じように脈打っていたことを。
そして二つの遺産が、持ち主たちの運命を静かに決定づけ始めていたことを。
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