「遠ざかる背中」
レグルスは夢から目覚めた後も、しばらく動くことができなかった。
『君ならできる』
その言葉が頭から離れない。
ただの夢だったのかもしれない。
だが不思議と現実味があった。
胸の奥に残る感覚も消えていない。
あの迷子を見つけた時もそうだった。
光が見えた。
理由は分からない。
説明もできない。
だが確かに見えた。
そしてその光は正しかった。
レグルスは窓の外を見る。
朝日が街を照らしている。
平和な景色だった。
十年前。
ルクスが命を懸けて守った世界。
だからこそ思う。
この平和を失いたくない。
誰かが傷付く未来を見たくない。
そして何より――。
ルカを失いたくなかった。
学校へ向かう途中も、そのことばかり考えていた。
最近のルカは変わった。
強くなった。
だがそれ以上に遠くなった。
話しかけても壁がある。
昔のように笑わない。
昔のように怒らない。
まるで心に鍵をかけてしまったようだった。
教室へ入る。
ルカはすでに席に座っていた。
窓の外を見ている。
周囲の生徒たちは相変わらず彼を話題にしていた。
校舎崩落事故。
一人で生徒を救った少年。
知らないうちに学校の有名人になっている。
だがルカ本人は興味がなさそうだった。
レグルスは決意する。
逃げるのはやめよう。
昼休み。
レグルスは弁当を持ってルカの席へ向かった。
周囲の生徒たちがざわつく。
最近の二人の関係を知っているからだ。
レグルスは構わなかった。
「一緒に食べよう」
ルカは本から顔を上げる。
数秒の沈黙。
「嫌だ」
即答だった。
周囲が静まり返る。
レグルスも一瞬固まる。
だが諦めない。
「五分だけでいいから」
「嫌だ」
「三分」
「嫌だ」
「一分」
「帰れ」
昔なら笑っていた。
くだらないやり取りだった。
だが今は違う。
本気で拒絶されている。
それでもレグルスは席の前に立ち続けた。
ルカはため息を吐く。
「何がしたい」
「話したい」
「話すことはない」
「あるよ」
ルカの眉が僅かに動く。
レグルスは続けた。
「僕たち親友だったろ」
その瞬間だった。
ルカの表情が変わる。
怒りとも違う。
悲しみとも違う。
何かを押し殺したような顔だった。
「過去形だ」
レグルスの胸が痛む。
だが目を逸らさない。
「違う」
「違わない」
「違う」
「違うんだよ」
今度はレグルスが強く言った。
教室が静まり返る。
誰も話さない。
全員が二人を見ていた。
レグルスは拳を握る。
「僕はまだ友達だと思ってる」
ルカは黙る。
数秒後。
小さく笑った。
冷たい笑みだった。
「だからお前は甘い」
そう言って立ち上がる。
そして教室を出て行った。
レグルスは追わなかった。
追えなかった。
放課後。
ルカは再び採掘跡地へ来ていた。
ハルバードを構える。
地面を蹴る。
轟音。
岩壁が吹き飛ぶ。
以前より威力が上がっていた。
明らかに。
何もしていないのに。
鍛えたわけでもない。
それなのに強くなっている。
インペリアルレリックが身体に馴染み始めていた。
ルカは満足そうに目を閉じる。
強くなる。
もっと。
もっと。
その時だった。
ズキン。
激しい頭痛。
ルカは膝をついた。
今までで一番強い。
視界が揺れる。
耳鳴りが響く。
そして。
一瞬だけ見えた。
巨大な黒い玉座。
無数の死体。
崩壊した都市。
燃える空。
その中心に座る影。
顔は見えない。
だが圧倒的だった。
世界そのものを押し潰すような存在感。
ルカは息を呑む。
次の瞬間。
映像は消えた。
静寂。
ルカは荒い呼吸を繰り返す。
「今のは……」
返事はない。
だがインペリアルレリックは微かに脈打っていた。
まるで心臓のように。
まるで生き物のように。
その夜。
レグルスは公園のベンチに座っていた。
一人だった。
空には星が見える。
昔、ルカと二人で来た場所だ。
くだらない話をした。
将来の夢を語った。
ずっと一緒だと思っていた。
だが今は違う。
風が吹く。
レグルスは空を見上げる。
そして小さく呟いた。
「どうしたらいいんだろう」
答えはない。
だがその瞬間。
胸の奥が微かに光った。
温かい光。
どこか懐かしい光。
レグルスは気付かなかった。
その光が。
十年前に世界を守った少年と同じ光であることを。
そして気付かなかった。
今この瞬間も。
運命が静かに二人を決戦へ導いていることを。
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