「見えない亀裂」
レグルスが自分の部屋で夜空を見上げていた頃、ルカは遺跡から戻る途中だった。
「まだ足りない」
頭の中に響いた言葉が離れない。
誰の声だったのか分からない。
だが不思議と恐怖はなかった。
むしろ納得していた。
足りない。
確かにそうだ。
今の自分は強い。
以前の自分とは比べ物にならない。
だが世界を生き抜くにはまだ足りない。
誰にも負けないためには。
誰にも頼らないためには。
もっと強くならなければならない。
ルカは拳を握る。
装甲は解除されているはずなのに、身体の奥には今も力が流れている感覚があった。
その時だった。
前方から数人の若者が歩いてくる。
夜の街では珍しくない。
だがその中の一人がルカを見るなり立ち止まった。
「おい、お前」
ルカは足を止める。
「何だ」
「最近調子乗ってるらしいな」
周囲が笑う。
ただの絡みだった。
理由もない。
暇潰しのようなものだ。
ルカは無視して歩こうとした。
しかし男が肩を掴んだ。
その瞬間だった。
ルカの身体が反応する。
考えるより先に。
腕を振る。
男の身体が吹き飛んだ。
数メートル先の壁へ叩きつけられる。
全員が固まった。
ルカ自身も固まった。
今のは攻撃するつもりではなかった。
振り払っただけだ。
だが結果は違った。
男は気絶していた。
周囲の若者たちは青ざめる。
誰も近寄れない。
ルカは自分の手を見る。
震えていた。
強すぎる。
以前の感覚のまま動けば、人間が壊れる。
その事実を初めて理解した。
「……弱いな」
思わず口から漏れる。
だがその言葉を聞いた瞬間、自分でも違和感を覚えた。
弱い。
そんな言い方をする人間だっただろうか。
昔の自分なら言わない。
絶対に。
ルカは眉をひそめる。
だが違和感はすぐ消えた。
代わりに別の感情が生まれる。
もっと強くなればいい。
それだけだ。
翌朝。
学校では昨日の事故の話で持ちきりだった。
「聞いた?」
「ルカが一人で助けたらしい」
「すごかったよな」
「映画みたいだった」
教室のあちこちで話題になっている。
ルカは無関心だった。
誰も見ていないような顔で窓の外を見ている。
レグルスはそんなルカを見つめていた。
違和感があった。
何がとは言えない。
だが昔のルカなら、助けたことを否定しながらも少し照れていたはずだ。
今のルカは違う。
本当に興味がないように見える。
昼休み。
レグルスは意を決して立ち上がった。
逃げていても仕方ない。
話そう。
そう思った。
ルカの席へ向かう。
「ルカ」
返事はない。
「少し話せないかな」
ようやくルカが顔を上げる。
冷たい視線。
レグルスは胸が痛んだ。
それでも続ける。
「昨日、人を助けただろ」
「だから何だ」
「すごいと思った」
「そうか」
会話が終わる。
レグルスは困った。
昔ならここから話が広がった。
だが今は違う。
壁がある。
明確な壁が。
「ルカ」
「まだあるのか」
「どうしてそんなに強くなろうとしてるの」
その言葉で空気が変わった。
ルカは少しだけ目を細める。
「逆に聞く」
低い声だった。
「どうしてお前は誰かを信じる」
レグルスは言葉に詰まる。
ルカは続けた。
「人は裏切る」
「人は変わる」
「人は死ぬ」
「なのに何で繋がろうとする」
レグルスは静かに答える。
「一人じゃ生きられないから」
「俺は生きられる」
即答だった。
迷いがない。
レグルスは初めて気付く。
これは喧嘩じゃない。
考え方そのものが変わっている。
まるで別人みたいに。
チャイムが鳴る。
会話は終わった。
だがレグルスの不安はさらに大きくなっていた。
その日の放課後。
レグルスは一人で帰宅していた。
夕暮れの街。
平和な景色。
だが胸騒ぎが消えない。
その時だった。
道端で泣いている小さな子供を見つける。
迷子だった。
レグルスはしゃがみ込む。
「どうしたの?」
子供は泣きながら答える。
母親とはぐれたらしい。
レグルスは優しく手を握る。
「大丈夫」
その瞬間だった。
胸の奥が光る。
熱い。
何かが反応する。
世界が少しだけ変わった。
レグルスの視界に細い光が現れる。
一本だけ。
どこかへ伸びている。
レグルスは目を見開く。
何だこれ。
初めて見る。
だが分かる。
この光の先に母親がいる。
理由は分からない。
しかし確信だけがあった。
レグルスは光を追う。
数分後。
公園の近くで必死に子供を探している女性を見つけた。
親子は再会する。
泣きながら抱き合う。
レグルスは呆然としていた。
偶然じゃない。
さっきの光だ。
間違いなく。
女性が何度も礼を言う。
だがレグルスはそれどころではなかった。
胸の奥がまだ熱い。
何かが始まった。
そんな予感がする。
そしてその夜。
レグルスが眠りについた後。
夢の中で光が見えた。
無数の光。
人と人を結ぶ光。
世界中へ広がる光。
そして、その中心に立つ一人の少年。
白い光に包まれた存在。
顔は見えない。
だが声だけが聞こえる。
『繋ぐんだ』
『切れたものを』
『離れたものを』
『失われたものを』
レグルスはその言葉を聞きながら手を伸ばす。
すると光がさらに増えていく。
世界そのものを覆うほどに。
そして最後に、その存在はこう言った。
『君ならできる』
そこで夢は終わる。
レグルスは飛び起きた。
汗で服が濡れている。
息も荒い。
だが不思議と恐怖はなかった。
胸の奥に残っているのは確信だった。
何かが始まっている。
ルカにも。
そして自分にも。
まだその意味は分からない。
だが運命は確実に動き始めていた。
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