「すれ違う願い」
ルカがインペリアルレリックを手に入れてから数日が過ぎた。
しかし、その数日はレグルスにとって異様なほど長く感じられていた。
学校では毎日のように顔を合わせる。教室も同じだ。席もそれほど離れていない。それなのに二人の距離は以前より遥かに遠くなっていた。
会話はない。
視線も合わない。
周囲の生徒たちも何となく気付いていた。
昔はいつも一緒にいた二人が、今ではまるで他人のようになっていることを。
レグルスは窓の外を見ながら小さくため息を吐いた。
本当は今でも話したい。
仲直りしたい。
だが何を言えばいいのか分からなかった。
あの日の言葉は本心だった。
次に世界を救うのは僕だ。
その想いに嘘はない。
だけど、それがルカを傷付けたのも事実だった。
昼休みになり、生徒たちが席を立ち始める。
レグルスはちらりとルカを見る。
ルカは一人だった。
昔なら二人で食堂へ行っていた。
くだらない話をしていた。
将来の夢を語っていた。
今はもうない。
ルカは黙ったまま教室を出ていく。
レグルスは立ち上がった。
追いかけようと思った。
だが足が止まる。
怖かった。
もし拒絶されたら。
もし本当に友達ではなくなっていたら。
そう考えると身体が動かなかった。
その日の放課後。
ルカは再び街外れへ向かっていた。
人目のない場所。
崩れた採掘跡地。
最近は毎日ここへ来ている。
理由は単純だった。
力を試すためだ。
黒と赤の装甲が現れる。
インペリアルレリック。
巨大なハルバードを握る。
その瞬間、身体中に力が満ちる。
以前の虚弱体質が嘘のようだった。
ルカは地面を蹴る。
爆発音。
一瞬で数十メートル先へ移動する。
自分でも驚くほど速い。
ハルバードを振る。
轟音。
岩壁が吹き飛ぶ。
地面が割れる。
土煙が舞い上がる。
ルカは静かに息を吐いた。
強い。
本当に強い。
誰にも負ける気がしない。
そして、その感覚が心地良かった。
自分一人で立てる。
誰かに守られなくていい。
誰かに頼らなくていい。
それこそがルカの求めていたものだった。
だが、その時だった。
頭の奥で何かが軋む。
ズキッ。
鋭い痛み。
「っ……」
ルカは額を押さえる。
ほんの一瞬だった。
だが確かに痛みがあった。
脳の奥を針で刺されたような感覚。
しかしすぐ消える。
気のせいだろう。
そう思って無視する。
インペリアルレリックは静かだった。
何も語らない。
ただそこにある。
その日の夜。
レグルスは眠れなかった。
ベッドに横になりながら天井を見つめる。
ルカのことばかり考えていた。
幼い頃の記憶が浮かぶ。
病院の待合室。
同じ本を読んでいた二人。
退屈だから話しかけた。
それが始まりだった。
たったそれだけ。
だが二人はすぐ仲良くなった。
身体が弱いという共通点。
学校で孤立しがちだったこと。
周囲に理解されないこと。
色々なものが重なっていた。
だからレグルスは信じていた。
いつかまた話せる。
いつかまた笑い合える。
だが胸の奥の不安は消えなかった。
翌日。
事件は突然起きた。
授業が終わり、生徒たちが校庭へ出ていた時だった。
悲鳴が上がる。
「きゃああああ!」
全員が振り返る。
校舎の一部が崩れていた。
古くなった外壁が落下したのだ。
運悪くその真下には女子生徒がいた。
逃げられない。
誰もがそう思った。
次の瞬間だった。
黒い影が飛び込む。
轟音。
砂煙。
そして静寂。
生徒たちは目を見開いた。
そこに立っていたのはルカだった。
黒と赤の装甲。
巨大なハルバード。
女子生徒を抱えたまま立っている。
落下した瓦礫は全て砕かれていた。
一瞬だった。
誰も反応できなかった。
教師たちも。
生徒たちも。
レグルスも。
全員が呆然としていた。
「大丈夫か」
ルカが女子生徒へ言う。
少女は震えながら頷いた。
周囲がざわつく。
「あれ何だ?」
「能力者?」
「すごくないか?」
「助けたのか?」
賞賛。
驚き。
尊敬。
様々な声が飛び交う。
だがルカは何も答えない。
女子生徒を下ろし、そのまま歩き去ろうとする。
そこでレグルスが駆け寄った。
「ルカ!」
足が止まる。
ルカは振り返らない。
レグルスは続ける。
「今のすごかったよ!」
返事はない。
「君が助けたんだろ?」
沈黙。
数秒後。
ルカが小さく言う。
「違う」
レグルスは目を瞬く。
「え?」
「助けたわけじゃない」
振り返る。
その目は冷たかった。
「そこにいたから動いただけだ」
レグルスは言葉を失う。
周囲も静かになる。
ルカは続けた。
「助けたいとか守りたいとか、そういう話じゃない」
その言葉はレグルスの胸へ突き刺さる。
ルカは歩き出す。
誰も止められない。
レグルスは背中を見つめる。
確かに人は助かった。
確かに英雄みたいだった。
なのに何故だろう。
あの背中がとても遠く見えた。
その夜。
ルカは再び遺跡へ来ていた。
インペリアルレリックが眠っていた場所。
最近はここへ来ることが増えている。
理由は自分でも分からない。
ただ来たくなる。
呼ばれているような感覚があった。
静かな地下空間。
誰もいない。
その時だった。
カツン。
足音。
ルカは振り返る。
誰もいない。
だが確かに聞こえた。
カツン。
まただ。
ルカの目が鋭くなる。
「誰だ」
返事はない。
しかし次の瞬間。
地下空間の奥で黒い光が揺れた。
まるで人影。
だが形は曖昧だった。
ルカはハルバードを構える。
緊張が走る。
しかし、その影は何もしない。
ただこちらを見ているようだった。
そして。
一瞬だけ声が聞こえた。
『まだ足りない』
ルカの目が見開かれる。
声は消える。
気配も消える。
何も残らない。
静寂だけ。
だがルカは理解していた。
今のは幻覚ではない。
何かがいた。
何かが自分を見ている。
そしてその何かは、自分がさらに強くなることを望んでいる。
ルカはゆっくり拳を握った。
「足りない、か」
不思議と恐怖はなかった。
むしろ納得していた。
確かにまだ足りない。
この力だけでは。
もっと強くならなければならない。
誰にも負けないほど。
その考えが浮かんだ瞬間、インペリアルレリックが微かに脈動する。
まるで喜んでいるかのように。
そしてその頃。
レグルスは自宅の机に向かっていた。
ノートを開いている。
だが勉強は進まない。
頭の中にあるのはルカだけだった。
今日助けた少女。
みんなの歓声。
それでも笑わなかったルカ。
あれは本当にルカなのだろうか。
いや、違う。
ルカだ。
間違いなくルカだ。
だけど何かが変わってしまった。
レグルスは窓の外を見る。
夜空には星が広がっていた。
十年前。
ルクスが守った空。
自分は何をすればいいのだろう。
まだ能力もない。
力もない。
世界を救うなんて大きなことを言った。
だが現実には何もできない。
それでも。
それでも諦めたくはなかった。
レグルスは静かに拳を握る。
知らなかった。
運命がすぐそこまで迫っていることを。
そしてルカが手にした力が、やがて二人の人生を決定的に引き裂くことを。
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