「選ばれた代償」
ルカがインペリアルレリックへ触れた瞬間、世界が反転した。
音が消える。
空気が止まる。
呼吸すら忘れるほどの圧力が全身へ叩きつけられた。
「っ……!」
膝をつく。
脳が焼けるように痛い。
何かが流れ込んでくる。
記憶ではない。
知識でもない。
もっと原始的な何か。
戦い。
支配。
征服。
破壊。
無数の感情が混ざり合い、一つの巨大な意思になって押し寄せてくる。
ルカは歯を食いしばった。
逃げるつもりはなかった。
昔からそうだった。
苦しくても耐える。
怖くても前へ進む。
誰かに助けを求めるくらいなら、自分で立つ。
それがルカだった。
やがて暴風のようだった感覚が収まる。
静寂。
ルカはゆっくり顔を上げた。
目の前にある鎧は変わらずそこにある。
だが何かが違う。
さっきより近い。
まるで呼吸しているようだった。
「……これを着ろっていうのか」
返事はない。
だが分かる。
ネセシティサイトが告げている。
必要だ、と。
ルカは鎧へ手を伸ばした。
その瞬間だった。
黒い装甲が光を放つ。
鎧が砕ける。
無数の光の粒となり、ルカの身体へ吸い込まれていく。
「なっ……!?」
避ける暇もなかった。
腕。
胸。
脚。
全身を光が覆う。
次の瞬間、黒と赤の装甲が完成していた。
重さはない。
むしろ身体の一部のように馴染む。
巨大なハルバードが浮かび上がり、自然と右手へ収まった。
ルカは息を呑む。
力があった。
今まで感じたことがないほどの力。
弱かった身体が嘘のようだった。
走ることもできなかった自分。
少し無理をすれば倒れていた自分。
その全てが遠い過去のように感じる。
「これが……」
拳を握る。
空気が震える。
床が軋む。
たったそれだけで。
ルカは目を見開いた。
強い。
圧倒的に。
そのときだった。
頭の中に声が響く。
『適合確認』
『契約成立』
『能力変換開始』
「何だ……?」
『ネセシティサイトを回収します』
ルカの表情が変わる。
次の瞬間。
視界から光の線が消えた。
能力が消えた。
理由はすぐに理解できた。
代償だ。
インペリアルレリックは能力を奪う。
その代わり別の力を与える。
『ドミニオンアブソープション』
『デスティニーインジャクション』
言葉だけが頭に刻まれる。
意味も同時に理解した。
攻撃が当たらない。
攻撃が必ず当たる。
シンプルだった。
そして恐ろしかった。
戦いだけに特化した能力。
ルカはしばらく黙っていた。
能力を失った。
だが後悔はなかった。
代わりに得たものが大きすぎた。
「これなら……」
小さく呟く。
これなら一人で立てる。
誰にも頼らず。
誰にも守られず。
自分だけの力で。
その瞬間だった。
頭の奥で何かが揺れた。
ほんの一瞬。
誰かの姿が見える。
白い光。
巨大な螺旋。
そして一人の少年。
ルクス。
だが映像はすぐ消えた。
ルカは眉をひそめる。
今のは何だったのか。
分からない。
ただ不思議と胸の奥がざわついた。
まるで何かに警告されたような感覚だった。
しかしすぐに振り払う。
そんなものは関係ない。
必要なのは力だ。
それだけだ。
ルカは遺跡を後にした。
その背中は以前より大きく見えた。
だが本人は気付いていない。
力を手に入れた代わりに、少しずつ何かを失い始めていることを。
翌日。
学校。
レグルスは教室の窓際でぼんやり外を眺めていた。
ルカはまだ来ていない。
最近はそれが当たり前になっていた。
話さなくなった。
目も合わせなくなった。
それでもどこかで仲直りできると思っていた。
幼馴染だから。
親友だから。
そう信じていた。
ガラッ。
教室の扉が開く。
ルカだった。
だが教室の空気が少し変わる。
みんな気付いていた。
何かが違う。
以前のルカとは違う。
表情が冷たい。
目が鋭い。
近寄りがたい。
レグルスも気付いた。
そして少しだけ安心した。
来てくれた。
それだけで良かった。
放課後。
勇気を出して声をかける。
「ルカ」
返事はない。
「ちょっと話さない?」
ルカが振り返る。
その目を見た瞬間。
レグルスは言葉を失った。
知らない目だった。
まるで別人だった。
「何だ」
「いや……その……」
話したかった。
仲直りしたかった。
なのに言葉が出てこない。
ルカは小さく息を吐く。
「用がないなら行く」
そう言って歩き出す。
レグルスは思わず叫んだ。
「待って!」
ルカが止まる。
沈黙。
そしてレグルスはようやく言った。
「僕たち親友だろ?」
その瞬間だった。
ルカの表情が僅かに歪む。
怒りとも悲しみとも違う。
もっと複雑な感情。
だがそれは一瞬だった。
すぐに消える。
「違う」
短く答える。
「最初から違ったんだ」
レグルスの胸が痛む。
「ルカ……」
「お前は人を信じる」
「俺は人を信じない」
「それだけだ」
そして去っていく。
今度こそ振り返らなかった。
レグルスはその場に立ち尽くす。
嫌な予感がした。
言葉にできない違和感。
何かが起きている。
何かが変わっている。
ただの喧嘩じゃない。
もっと大きな何か。
その頃。
街の外れ。
誰もいない場所で。
ルカはハルバードを振り上げた。
一閃。
轟音。
数十メートル先の岩壁が消し飛ぶ。
ルカは黙ってそれを見つめる。
そしてゆっくり呟いた。
「これなら……誰も必要ない」
その言葉と同時に、インペリアルレリックの奥で何かが微かに脈動した。
まるで目覚めを待つ心臓のように。
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