「必要なもの」
あの日の喧嘩以来、レグルスとルカはほとんど話さなくなった。
学校では顔を合わせる。廊下ですれ違うこともある。だが以前のように一緒に帰ることはなくなった。昼休みに同じ場所で話すこともない。周囲から見れば些細な変化だったかもしれない。しかしレグルスにとっては違った。生まれて初めて親友を失ったような感覚だった。
もともと二人は似た者同士だった。体が弱く、走るのも得意ではなく、人付き合いも上手くない。病院で偶然出会い、それだけの理由で仲良くなった。だがいつしか一緒にいるのが当たり前になっていた。その当たり前が突然消えたのだ。
放課後、レグルスは一人で街を歩いていた。夕暮れの空は赤く染まり、人々はそれぞれの帰路についている。平和な光景だった。十年前、ルクスが守った世界。その平和を見ながら、レグルスは何度も考える。
自分は間違ったことを言ったのだろうか。
世界を救いたい。
誰かを守りたい。
ただそれだけだった。
だがルカは怒った。
あれほど怒る理由が今でも分からない。
「人は一人で立たなきゃいけない、か……」
呟く。
ルカらしい考え方だった。昔からそうだ。誰かに頼ることを嫌う。助けられることを嫌う。自分の足で立つことだけを求めている。
レグルスには理解できなかった。
人は一人では生きられない。
だから支え合う。
だから繋がる。
そう思っていたからだ。
その頃、ルカもまた一人だった。
人気のない丘の上に座り、街を見下ろしている。遠くには高層ビルが並び、その向こうには海が見えた。だがルカの目は景色を見ていなかった。
あの日の言葉が頭から離れない。
次に世界を救うのは僕だ。
その言葉がなぜあれほど腹立たしかったのか、自分でも分からなかった。
ただ胸の奥がざわついていた。
世界を救う。
誰かを守る。
そんなものは幻想だ。
人は結局、自分で立たなければならない。
そうでなければ何も守れない。
ルカはそう信じていた。
そのときだった。
突然、視界に違和感が走る。
「……?」
目を押さえる。
頭痛ではない。
眩暈でもない。
景色の一部だけが妙に鮮明に見えた。
街。
建物。
人。
車。
その中に一本だけ線が見える。
薄い光の線だった。
それは遠くへ伸びている。
街の外へ。
さらにその先へ。
「何だ……?」
ルカは立ち上がる。
目を擦る。
だが線は消えない。
むしろはっきり見えてくる。
自分とどこかを結ぶ光。
不思議だった。
意味は分からない。
なのに確信だけがある。
あそこへ行かなければならない。
必要だから。
理由はない。
説明もできない。
だが必要だ。
その確信だけが胸の奥から湧き上がってくる。
ルカは歩き出した。
気づけば走っていた。
住宅街を抜ける。
道路を横切る。
川沿いを進む。
そして街外れの山へ向かう。
何時間歩いただろうか。
気づけば夜になっていた。
普通なら引き返している。
だが足は止まらない。
必要だから。
ただその一言だけが頭の中を支配していた。
やがて古い遺跡のような場所に辿り着く。
観光地ではない。
地図にも載っていない。
誰にも知られていない廃墟だった。
ルカは眉をひそめる。
「こんな場所に何がある……」
答えはなかった。
だが光の線はさらに奥へ続いている。
ルカは瓦礫を越え、崩れた通路を進む。
地下へ。
さらに地下へ。
空気が変わる。
冷たい。
重い。
そしてどこか不気味だった。
まるで誰かに見られているような感覚。
だが恐怖はない。
必要だから。
ただその想いだけが背中を押していた。
やがて最奥部へ辿り着く。
そこでルカは立ち止まった。
息を呑む。
そこにあったのは巨大な石台だった。
そしてその中央に、一つの鎧が置かれていた。
黒。
赤。
禍々しい装甲。
まるで王の鎧だった。
その隣には巨大なハルバードが立てかけられている。
ルカは言葉を失った。
知らないはずなのに理解できた。
これが何なのか。
「インペリアル……レリック……」
自然に口から出た。
誰も教えていない。
だが知っていた。
その瞬間だった。
頭の奥で何かが弾ける。
無数の情報が流れ込む。
必要なもの。
求めるもの。
進むべき道。
全てが見える。
ルカは能力に目覚めた。
ネセシティサイト。
自分に必要なものを見つけ出す力。
そしてその能力が導き出した答えが、目の前にあった。
インペリアルレリック。
ルカはゆっくりと鎧へ手を伸ばす。
触れてはいけない気がした。
本能が警告している。
だがそれ以上に強い感覚があった。
これが必要だ。
これがあれば強くなれる。
誰にも頼らず。
誰にも守られず。
自分の力だけで立てる。
ルカの指先が鎧へ触れる。
その瞬間、暗闇の奥で何かが目を開いた。
それは十年前に消えたはずの残滓。
終焉超時空魔皇帝ゼルクロノスが残した、最後の遺産だった。
そしてルカはまだ知らない。
その選択が、自分とレグルスの運命を完全に変えてしまうことを。
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