「十年後の世界」
世界が救われてから十年が経った。
かつて終焉超時空魔皇帝ゼルクロノスによって滅びかけた世界。
人類は生き残り、街は復興した。
崩壊した都市は再建され、人々は再び笑うようになった。
だが、傷は消えていない。
失った人は戻らない。
壊れた家族も戻らない。
そして、世界を救った少年も戻らなかった。
ルクス。
十年前、ゼルクロノスを倒した英雄。
今では誰もが知る伝説だった。
巨大なモニターに映る映像の中で、アナウンサーが語っている。
「本日は英雄ルクス記念日です」
「十年前、人類は未曾有の危機に直面しました」
「しかし一人の少年が立ち上がり――」
その言葉を聞きながら、一人の少年が公園のベンチに座っていた。
レグルス。
十四歳。
少し細身で、健康そうには見えない。
昔から体が弱かった。
だがその瞳だけは真っ直ぐだった。
モニターを見つめながら呟く。
「すごいよな……」
十年前の英雄。
世界を救った少年。
誰かの夢を守るために戦った存在。
レグルスはその話が好きだった。
何度聞いても飽きない。
何度見ても胸が熱くなる。
ルクスは世界を救った。
でもそれ以上に、人の夢を守った。
だから好きだった。
だから憧れていた。
だから思う。
自分もそうなりたいと。
誰かを守れる人になりたいと。
そのときだった。
「また見てるのか」
後ろから声が聞こえた。
振り返る。
そこには同年代の少年が立っていた。
レグルスは少しだけ笑う。
「ルカ」
ルカ。
レグルスの幼馴染だった。
同じ十四歳。
同じく体が弱い。
病院で出会ったのが最初だった。
入院している子供同士。
それだけの関係だった。
だがいつの間にか親友になっていた。
一緒に遊んだ。
一緒に笑った。
一緒に将来の話もした。
誰よりも仲が良かった。
本当に。
誰よりも。
「英雄ごっこか?」
ルカが言う。レグルスは首を振る。
「違うよ」
「じゃあ何だ」
「憧れてるだけ」
ルカは小さく鼻を鳴らした。
「くだらない」
レグルスは苦笑する。
昔からだ。
ルカはルクスの話が好きじゃない。
理由も知っている。
「またその話?」
「人は誰かに救われるんじゃない」
「自分で立つんだ」
聞き慣れた言葉だった。
ルカは昔からそう言う。
誰かに頼るな。
誰かに依存するな。
自分だけを信じろ。
それがルカの考えだった。
レグルスは逆だった。
一人じゃ生きられない。
人は支え合うから前に進める。
だから二人はよく言い争う。
それでも親友だった。
少なくとも今までは。
レグルスは立ち上がる。
「でもさ」
「ルクスがいなかったら世界は終わってた」
ルカの表情が少しだけ変わる。
「だから?」
「だから誰かを守れる人はすごいと思う」
沈黙。
数秒。
風が吹いた。
遠くで子供たちが遊んでいる。
笑い声が聞こえる。
平和だった。
十年前には存在しなかった平和。
その光景を見ながらレグルスは思う。
守られた世界だ。
ルクスが守った世界だ。
だからこそ。
「次に世界を救うのは僕だ」
自然に口から出た。
本気だった。
冗談じゃない。
有名になりたいわけでもない。
英雄になりたいわけでもない。
ただ守りたい。
人を。
未来を。
夢を。
その瞬間だった。
ドンッ。
強い衝撃が胸にぶつかる。
レグルスは地面に倒れた。
何が起きたのか分からなかった。
見上げる。
そこにはルカがいた。
拳を握っている。
息を荒げている。
見たことのない顔だった。
「ふざけるな」
低い声だった。
レグルスは目を見開く。
「ルカ……?」
「お前に何が分かる」
ルカの声が震えていた。
怒りだった。
悲しみだった。
あるいはその両方だった。
「世界を救う?」
「守る?」
「そんなの綺麗事だ」
レグルスは立ち上がろうとする。
だがルカはさらに叫ぶ。
「人は強くならなきゃいけないんだ!」
「誰かに守られるためじゃない!」
「一人で立つために!」
その声は公園中に響いた。
周囲の人々が驚いて振り返る。レグルスは何も言えなかった。初めてだった。こんなルカを見るのは。
ルカは荒い呼吸を繰り返していた。
何かを堪えるように。
何かに怯えるように。
そして最後に一言だけ残した。
「お前とは違う」
そう言って去っていく。
レグルスは追えなかった。
呼び止めることもできなかった。
ただ背中を見送る。
親友だった背中を。
夕日が街を赤く染めていた。
十年前。
世界は救われた。
だが人の心は、まだ救われていないのかもしれない。
レグルスは空を見上げる。
そこには青い空が広がっていた。
平和な世界。
守られた世界。
けれどその見えない場所で。
運命は静かに動き始めていた。
誰も知らない。
ルカがこの日、自分の能力に目覚め始めていたことを。
誰も知らない。
そして世界のどこかで。
十年前に消えたはずの脅威が。
再び動き始めていたことを。
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