「光の球」
森を歩き始めて数日が経っていた。木々の隙間から差し込む日差しは暖かいはずなのに、どこか冷たく感じる。あの日初めて人を殺した感触は、まだ手から消えていなかった。血の匂いも、叫び声も、目を閉じれば鮮明によみがえる。それでも立ち止まることはできない。もう後戻りはできないのだから。
「元気ないね」
隣を歩く少女が横目でこちらを見る。
「普通、人を殺した次の日から元気いっぱいにはなれないだろ」
「そういうものかな」
「そういうものだよ」
少女は少しだけ笑った。
「でも、生き残るには慣れなきゃ」
「慣れたくはない」
「優しいね」
「違う。ただ怖いだけだ」
風が木々を揺らした。葉擦れの音だけが森に響く。
その静寂を切り裂くように、突然空気が震えた。
「伏せて!」
声と同時に白く輝く球体が一直線に飛んでくる。
ドクン。
心臓が大きく脈打つ。
カンッ!!
光の球は目の前で弾かれ、後方の巨木を粉々に吹き飛ばした。
「また能力が……」
無意識だった。危険を感じた瞬間、自動で無敵が発動していた。
「まだいる!」
二発、三発と光の球が飛んでくる。その全てが身体に触れる寸前で弾かれ、森のあちこちで爆発を起こした。
煙の向こうに、小さな影が立っていた。
長い髪を揺らす少女だった。
年齢は自分より少し上くらいだろうか。
その表情は冷たく、まるで感情が見えない。
「……外した」
少女は小さく呟き、再び掌に光を集め始めた。
「待て!」
叫ぶより早く光が放たれる。
また弾かれる。
少女の目がわずかに見開かれた。
「全部……弾く?」
「どういう能力なの」
「知らないよ!」
「知らない?」
少女は首を傾げる。
「能力を知らずに戦ってるの?」
「昨日手に入れたばっかなんだよ!」
「そう」
興味を失ったように呟く。
「なら死んで」
再び無数の光が放たれる。
森全体が昼間のように明るくなった。
爆発。
衝撃。
木々が倒れ、大地が抉れる。
それでも一発も身体には届かない。
「化け物……」
少女が初めて感情を見せた。
「違う!」
思わず叫び返す。
「俺だって好きでこんな能力になったわけじゃない!」
少女は答えない。
ただ光を集め続ける。
「もうやめろ!」
「やめない」
「なんでだ!」
「殺される前に殺す。それだけ」
その言葉には迷いがなかった。
この世界ではそれが当たり前なのだ。
「なら!」
隣の少女が一気に地面を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
「はっ!」
鋭い蹴り。
光の少女は後ろへ飛び退き、直撃を避ける。
「速い」
「あなたもね」
二人が森の中で激しく動き回る。
木を蹴り、枝を飛び移り、互いの攻撃をかわす。
その隙に自分も走り出した。
「止まれ!」
光の少女はこちらを見る。
その一瞬だった。
ガサッ。
茂みの奥から炎が飛んできた。
「えっ」
轟音と共に木々が燃え上がる。
「まだ敵が!?」
「違う」
光の少女が初めて焦った表情を見せた。
「こいつらは……」
炎は次々と森へ広がっていく。
乾いた葉が一瞬で燃え、大木へと火が移る。
黒煙が空へ立ち上る。
「まずい!」
嫌な予感がした。
風向き。
煙。
炎。
全部、自分の村の方向だった。
「村……」
足が自然と動いていた。
全力で走る。
後ろから呼び止める声も聞こえない。
ただ走る。
嫌な予感だけが胸を締め付けていた。
森を抜けた瞬間、目の前の景色を見て足が止まる。
村全体が炎に包まれていた。
家が燃え、人々の悲鳴が響き、黒煙が空を覆っている。
「あ……」
声にならない。
膝から力が抜ける。
昨日まで笑っていた人たちが倒れている。
燃えている。
動かない。
「うそだ……」
震える声しか出なかった。
「誰か……誰か……」
返事はない。
炎が燃え盛る音だけが響いていた。
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