「私は誰だ」
暗闇だった。
どこまでも続く暗闇。
光もない。
音もない。
時間の流れすら存在しないような場所だった。
ゼルクロノスはその中に立っていた。
いや。
立っているのか浮いているのかも分からない。
感覚が曖昧だった。
ただ意識だけがあった。
「……」
口を開く。
何かを言おうとする。
だが言葉が出てこない。
何故なら。
自分が誰なのか分からなかった。
「俺は……」
続かない。
頭の中に大量の記憶がある。
戦った記憶。
笑った記憶。
怒った記憶。
泣いた記憶。
知らない星。
知らない宇宙。
知らない人々。
だが。
全部が自分の記憶のようで。
全部が他人の記憶のようだった。
「俺は誰なんだ」
返事はない。
静寂だけが続く。
その時だった。
遠くから声が聞こえた。
「師匠!!」
声。
誰かが呼んでいる。
「師匠!!」
だんだん近付いてくる。
暗闇に亀裂が走った。
光が差し込む。
ゼルクロノスは思わず目を細めた。
そして。
意識が浮上する。
「師匠!!」
目を開く。
目の前には一人の少年がいた。
「ようやく起きた!」
少年は安心したように笑っていた。
ゼルクロノスはぼんやりと見つめる。
見覚えはある。
だが名前が思い出せない。
「……誰だ」
少年の表情が固まった。
「は?」
「誰だお前」
沈黙。
数秒。
少年は慌てた。
「お、俺ですよ!」
「俺?」
「ラモンです!」
ラモン。
その名前を聞いた瞬間。
何かが引っ掛かった。
確かに知っている。
だが遠い。
酷く遠い。
「ラモン」
呟く。
ラモンは不安そうな顔になった。
「師匠?」
ゼルクロノスは身体を起こした。
頭が重い。
まるで何億年も眠っていたような感覚だった。
「僕は何をしていたんだ」
ラモンが目を見開く。
「覚えてないんですか?」
「何をだ」
「師匠はカプ星へ向かう途中で別宇宙へ飛ばされたんですよ」
別宇宙。
その言葉だけは妙にはっきり理解できた。
だがその先が思い出せない。
ラモンは続ける。
「それで一年経ってようやく戻ってきたんです」
「一年……」
ゼルクロノスは呟く。
一年。
そのはずなのに。
自分の中には一年どころではない時間が存在していた。
数十年。
数百年。
数千年。
数万年。
いや。
もっとだ。
比べ物にならないほど長い。
「そうか」
小さく呟く。
「俺はゼルクロノスか」
ラモンは違和感を覚えた。
その言い方だった。
まるで他人の名前を確認しているようだった。
「師匠?」
ゼルクロノスは手を見る。
震えていた。
自分の手。
なのに自分のものではない気がする。
「長い夢を見ていたのかもしれない」
ラモンは黙る。
ゼルクロノスは遠くを見るような目で続けた。
「長い夢だった」
「本当に長い夢だ」
「色んな記憶がある」
無数のゼルクロノス。
無数の宇宙。
戦争。
叫び。
吸収。
爆発。
全てが頭の奥に残っている。
だが整理できない。
「俺は……」
言葉が止まる。
「いや」
首を振る。
「なんでもない」
ラモンは不安になっていた。
目の前にいるのは確かにゼルクロノスだ。
姿も同じ。
声も同じ。
だが何かが違う。
まるで別人だった。
「一体何があったんですか」
ラモンは聞く。
「本当に別人みたいですよ」
ゼルクロノスは答えない。
ただ静かに座っていた。
そして。
気付けば涙が流れていた。
「……あ」
自分でも驚く。
何故泣いているのか分からない。
悲しいのか。
苦しいのか。
寂しいのか。
それすら分からない。
ただ涙だけが流れ続ける。
「私は」
ラモンが顔を上げる。
ゼルクロノスは呟いた。
「私は宇宙の終焉だ」
ラモンが固まる。
「は?」
ゼルクロノスは涙を流しながら笑った。
「僕が終焉に導くんだ」
「師匠?」
「ワシはファイナルエンダー」
「ちょっと待ってください!」
ラモンは思わず叫んだ。
「一人称が滅茶苦茶ですよ!」
ゼルクロノスは首を傾げる。
「そうか?」
「そうですよ!」
俺。
私。
僕。
ワシ。
会話の中で次々と変わっている。
普通ではない。
異常だった。
だが。
もっと異常なものがあった。
ラモンの顔色が変わる。
空間が震えていた。
ゼルクロノスの身体から莫大なエネルギーが漏れ出している。
無意識だった。
本人は何もしていない。
それなのに空間そのものが悲鳴を上げている。
「師匠」
ラモンの声が震える。
「なんですかそのエネルギー」
ゼルクロノスは視線を向けた。
「エネルギー?」
「気付いてないんですか!?」
ラモンは後退する。
全宇宙を消し飛ばせるほどの。
全次元を超えるほどのエネルギー。
それが自然に溢れ出していた。
「まさか」
ラモンは思い出す。
少し前に観測された巨大なエネルギー波。
多くの宇宙を揺るがした異常現象。
「あの時のエネルギー波」
ラモンは唇を震わせた。
「師匠なんですか?」
ゼルクロノスは少し考える。
そして。
「ああ」
何でもないことのように答えた。
「それは俺だ」
ラモンの顔から血の気が引く。
「あのエネルギー波でどれだけの被害が出たか分かっているんですか」
ゼルクロノスは眉をひそめた。
「被害?」
ラモンは拳を握る。
「いろんな宇宙の中で一つだけの星が宇宙の異端者になったんです」
ゼルクロノスは黙る。
「そのせいで宇宙が意志を持ってしまった」
「そのせいで別宇宙の地球が宇宙の異端者になってしまったんですよ」
「レグルスは今その対応をしに別宇宙へ行っています」
「別宇宙ではその地球を排除するために色々な生命体が送り込まれている」
「別宇宙のゼルクロノスもですよ!」
ゼルクロノスの目が見開かれた。
「なん……だと」
頭の中で何かが軋む。
別宇宙。
ゼルクロノス。
戦争。
吸収。
叫び。
無数の記憶が暴れ始める。
「俺?」
「私?」
「僕?」
「ワシ?」
頭が割れそうだった。
自分が誰なのか分からない。
どれが本当の自分なのか分からない。
何億もの人生。
何億もの記憶。
それらが一斉に叫び始める。
「あああああああああああああああああああああ!!」
ゼルクロノスは絶叫した。
ラモンが飛び上がる。
「師匠!?」
空間が歪む。
ゼルクロノスの身体から暴走したエネルギーが噴き出した。
「あああああああああああああ!!」
「俺は誰だ!!」
「俺は!!」
「俺はあああああああああ!!」
ラモンはただ呆然と見ていることしかできなかった。
目の前で。
ファイナルエンダーが。
再び壊れ始めていた。
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