「崩れ始める自我」
「あああああああああああああああああああああ!!」
ゼルクロノスの叫びが響いた。
空間が震える。
床が砕ける。
建物全体が軋み始める。
ラモンは思わず腕で顔を庇った。
「師匠!!」
だが返事はない。
ゼルクロノスは頭を抱えていた。
苦しそうだった。
まるで自分自身と戦っているようだった。
「俺は……」
「違う」
「私は……」
「違う」
「僕は……」
「違う!!」
次々と変わる一人称。
その度にエネルギーが暴れる。
ラモンの顔から血の気が引いた。
「まずい」
今のゼルクロノスは普通ではない。
何かがおかしい。
明らかに。
「師匠!落ち着いてください!」
叫ぶ。
だが届かない。
ゼルクロノスの瞳は焦点が合っていなかった。
どこか遠くを見ている。
いや。
何億もの記憶を見ている。
そんな目だった。
戦場。
叫び声。
無数のゼルクロノス。
ゼクロス。
ゼルクルス。
吸収。
爆発。
全ての記憶が一斉に流れ込んでくる。
「やめろ」
ゼルクロノスは呟く。
「やめろ」
止まらない。
何億もの人生。
何億もの感情。
何億もの後悔。
全てが頭の中で暴れ続ける。
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
ドゴォォォン!!
衝撃波が発生した。
建物が吹き飛ぶ。
周囲の空間が砕ける。
ラモンは咄嗟に防御を張った。
それでも吹き飛ばされる。
「ぐあっ!!」
地面を転がる。
なんとか立ち上がる。
視線の先。
ゼルクロノスの姿が見えた。
身体から黒い稲妻のようなエネルギーが漏れている。
空間が悲鳴を上げている。
「なんなんだよ……」
ラモンは震えていた。
見たことがない。
こんな状態のゼルクロノスは。
その時だった。
ゼルクロノスがゆっくり顔を上げる。
「ラモン」
低い声だった。
ラモンは少し安心した。
戻った。
そう思った。
だが。
次の瞬間。
「私は誰なんだ」
ラモンの表情が固まる。
「師匠」
「俺はゼルクロノスか?」
「そうですよ」
「本当に?」
「本当です!」
ゼルクロノスは黙る。
そして笑った。
その笑顔は不気味だった。
「分からない」
ラモンの背筋が冷える。
「何がですか」
「全部だ」
ゼルクロノスは空を見る。
「俺の記憶なのか」
「誰かの記憶なのか」
「分からない」
ラモンは言葉を失う。
ゼルクロノスは続けた。
「戦った記憶がある」
「死んだ記憶がある」
「勝った記憶がある」
「負けた記憶がある」
「生きた記憶がある」
「全部ある」
その声は震えていた。
「多すぎるんだ」
ラモンは気付いた。
ゼルクロノスは壊れている。
吸収した何億ものゼルクロノス。
その記憶が混ざり合い。
自我を押し潰している。
「師匠」
ラモンは手を伸ばす。
「少し休みましょう」
ゼルクロノスは反応しない。
ただ遠くを見ている。
「宇宙の終焉」
小さく呟く。
「ファイナルエンダー」
また呟く。
「全宇宙の特異点」
さらに呟く。
どれも自分だった。
どれも自分ではなかった。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ。
空間が歪む。
ラモンが顔を上げる。
「なんだ?」
ゼルクロノスの周囲に黒い裂け目が現れていた。
一つ。
二つ。
三つ。
数え切れない。
別次元へ繋がる穴だった。
「まずい」
ラモンは叫ぶ。
「師匠!!」
だが遅かった。
ゼルクロノスは一歩後ろへ下がる。
そして。
裂け目の中へ落ちていく。
「師匠!!」
ラモンは走った。
手を伸ばす。
だが届かない。
ゼルクロノスの姿は闇の中へ消えた。
グブォォォォン。
裂け目が閉じる。
静寂。
ラモンだけが残された。
数秒。
動けなかった。
「……嘘だろ」
震える声。
嫌な予感しかしなかった。
ゼルクロノスは今。
正常ではない。
そんな状態で別次元へ消えた。
何をするか分からない。
ラモンは拳を握り締める。
「クソ」
そして空を見上げた。
「レグルス」
小さく呟く。
「早く戻ってきてくれ」
その頃。
別次元。
誰もいない暗黒空間。
その中心にゼルクロノスは立っていた。
俯いたまま。
微動だにしない。
だが。
身体から漏れるエネルギーだけは増え続けていた。
「俺は」
小さく呟く。
「誰なんだ」
返事はない。
その代わり。
無数の宇宙からエネルギーが集まり始める。
そして。
ゼルクロノスの暴走が始まろうとしていた。
面白ければブックマーク評価お願いします




