「奪われる夢」
地底都市全体に警報が鳴り響いていた。しかし今となっては、その音に意味はなかった。誰かに避難を促すための音だったはずなのに、避難する場所そのものが失われ始めているからだ。
ルクスは走っていた。
巨大なレギオン指揮官の前から逃げたわけではない。あの場に残れば戦えた。だが戦ったところで意味がないと理解したのだ。
今優先するべきなのは人だ。
後方から響く轟音がそれを証明していた。
第二陣。
数千規模のレギオン。
もしあれが市街地へ流れ込めば終わる。
ルクスは崩れかけた通路を駆け抜ける。
途中で何人もの避難民とすれ違った。
泣いている子供。
怯えている大人。
家族を探している老人。
その全員から夢が聞こえてくる。
それは昔から変わらない。
ルクスの嫌いじゃない感覚だった。
「明日は誕生日なんだ」
「店を開きたい」
「地上へ行ってみたい」
「家族と暮らしたい」
どれも特別な夢じゃない。
世界を救うような夢でもない。
けれどルクスはそういう夢が好きだった。
小さい夢。
くだらない夢。
笑われそうな夢。
そういうものが集まって世界になると思っていたからだ。
だから。
レギオンは許せなかった。
あいつらは人を殺しているんじゃない。
夢を奪っている。
それが一番許せなかった。
そのときだった。
前方の広場から悲鳴が聞こえる。
ルクスは反射的に走った。
広場へ飛び込む。
そこには数十人の避難民がいた。
そして。
三体のレギオン。
「くそっ!」
ルクスは迷わず飛び込む。
スパイラルを発動。
回転が広がる。
レギオンの身体を巻き込み、壁へ叩きつける。
轟音。
一体目が吹き飛ぶ。
続いて二体目。
三体目。
避難民たちが目を見開く。
ルクスは息を整えながら前へ出る。
「逃げろ!」
その言葉で人々が動き出した。
だが。
一人だけ動かない。
十歳くらいの少年だった。
ルクスは振り返る。
「どうした!」
少年は震えながら答える。
「父さんが……」
ルクスは少年の視線を追う。
少し離れた場所。
瓦礫の下敷きになった男がいた。
生きている。
だが動けない。
その瞬間。
奥の通路からさらにレギオンが現れた。
数は十。
いや二十。
ルクスは舌打ちする。
避難民たちの顔が絶望に変わる。
間に合わない。
そう思った瞬間だった。
「父さんはね」
少年が小さく言った。
ルクスは視線を向ける。
「いつか地上に家を建てるんだって言ってた」
少年は泣いていた。
それでも続ける。
「空が見える場所で暮らすんだって」
ルクスは言葉を失う。
その夢が流れ込んできたからだ。
青空。
小さな家。
笑っている家族。
ただそれだけ。
ただそれだけなのに。
どうしてこんなにも綺麗なんだろうと思った。
レギオンが迫る。
避難民たちは逃げ場を失う。
少年は父親を見つめている。
その光景を見た瞬間。
ルクスは決めた。
「その夢」
少年が顔を上げる。
「叶えろよ」
ルクスは前へ出た。
レギオンの群れと向き合う。
怖くないわけじゃない。
勝てる保証もない。
それでも。
夢を諦める顔は見たくなかった。
スパイラルを発動。
回転が広がる。
空気が唸る。
レギオンたちが突撃する。
ルクスも走る。
正面衝突。
拳がぶつかる。
回転が炸裂する。
一体。
二体。
三体。
吹き飛ぶ。
だが数が多い。
次々に押し寄せてくる。
身体が悲鳴を上げる。
腕が痺れる。
息が切れる。
それでも止まらない。
後ろには夢がある。
後ろには未来がある。
後ろには守りたいものがある。
だから前へ出る。
ただそれだけだった。
そのとき。
再び頭の奥に違和感が走った。
夢とは違う。
霧とも違う。
何かが見える。
ほんの一瞬だけ。
レギオンたちの奥。
さらに遠く。
地球の外側。
巨大な影。
そして。
玉座のような場所に座る一人の男。
顔は見えない。
だが圧倒的な存在感だけが伝わってくる。
ルクスは思わず息を呑んだ。
次の瞬間には消えていた。
幻だったのかもしれない。
だが一つだけ確信する。
全部の中心にいる奴がいる。
霧も。
レギオンも。
崩壊も。
全部だ。
ルクスは拳を握る。
「待ってろ」
誰に言ったのか自分でも分からない。
だが確かに心の奥から出た言葉だった。
「お前が誰でも」
回転がさらに加速する。
「俺は止める」
そしてその瞬間。
ルクスのスパイラルが今までで最も強く唸りを上げた。
レギオンたちが初めて後退した。
ほんの一歩。
だが確かに。
そして遠く離れた場所で。
誰かが静かに目を開いた。
まるで。
ルクスという存在を認識したかのように。
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