「脅威認定」
「発見した」
その一言だけで、地底都市の空気が変わった。
ルクスは息を呑む。レギオンたちが左右へ整列する。まるで王を迎える兵士のように。
通路の奥から現れた巨大な存在は、一歩踏み出すたびに地面を揺らしていた。三メートルを超える巨体。黒い装甲。全身を覆う無数の傷跡。そして赤く輝く瞳。
レギオンたちとは明らかに違う。あれは兵士ではない。指揮官だ。
ルクスは自然と拳を握る。
巨大な存在はルクスを見下ろしたまま言った。
「識別完了」
声は低い。だが不思議と通路全体へ響く。
「対象名、ルクス」
その瞬間、ルクスの背筋に冷たいものが走った。名前を知られている。
初めてだった。霧も、崩壊も、レギオンも、今まで起きた異常は世界全体に向けられていた。だが今は違う。明確に自分へ向けられている。
「なんで俺の名前を知ってる」
ルクスが問いかける。しかし返答はなかった。代わりに赤い瞳がわずかに細くなる。
「脅威認定」
その言葉と同時に、周囲のレギオンたちが一斉に動いた。
ルクスは反射的にスパイラルを展開する。回転の盾が目の前に形成される。直後、数十体の攻撃が同時に叩きつけられた。
轟音。
床が砕ける。壁が軋む。衝撃が身体を突き抜ける。
「ぐっ……!」
ルクスは歯を食いしばる。重い。今までの攻撃とは比較にならない。だが崩れない。回転はまだ維持できる。
「排除」
「排除」
「排除」
無数の声が重なる。
ルクスは盾を解除すると同時に回転を前方へ解放した。渦が生まれ、レギオンたちをまとめて巻き込む。吹き飛んだ身体が壁へ激突し、装甲が砕け散る。
しかし立ち上がる。
また立ち上がる。
何事もなかったように。
「ふざけんなよ……」
ルクスは思わず呟く。
一体一体なら吹き飛ばせる。だが倒れない。数も減らない。むしろ通路の奥から次々と補充されているように見えた。
そのときだった。
巨大な存在が腕を上げる。
するとレギオンたちの動きが変わった。
突撃ではない。
包囲だ。
左右へ展開し、逃げ道を塞ぎ、連携して距離を詰めてくる。
ルクスは気づく。
「指揮してるのか……!」
その瞬間だった。
巨大な存在が消えた。
視界から完全に。
ルクスが反応できたのは、巨大な拳が目前へ迫った瞬間だった。
咄嗟にスパイラルを展開する。
激突。
凄まじい衝撃。
身体が吹き飛ぶ。
壁を突き破り、瓦礫の中へ叩き込まれた。
肺から空気が抜ける。
「がっ……!」
今までの敵とは違う。
レギオンは数で押してきた。だがこいつは単純に強い。
ルクスは瓦礫を押しのけながら立ち上がる。
巨大な存在はゆっくりと歩いてくる。その姿には焦りも怒りもない。ただ処理を続ける機械のようだった。
「危険度更新。ルクス。優先排除対象」
その言葉を聞いた瞬間、ルクスの中に違和感が生まれる。
優先排除。
つまりこいつらは自分を危険だと判断している。
だがなぜだ。
スパイラルは強い。だが世界を脅かすほどではない。
なぜここまで執着する。
そのとき、頭の奥にあの感覚が走った。
夢を見るときに似た感覚。
違う。
もっと深い。
巨大な存在を見た瞬間だけ流れ込んでくる何か。
それは感情ではなかった。
記憶でもない。
情報の断片だった。
そして一つの言葉だけが聞こえる。
『観測』
ルクスは目を見開く。
次の瞬間には消えていた。
意味は分からない。
だが確信だけが残る。
この巨大な存在の奥に何かがいる。
レギオンではない。
霧でもない。
もっと遠く。
もっと巨大な何かだ。
「なんなんだよ……」
呟いた瞬間、巨大な存在が再び動く。
今度は真正面からだった。
ルクスも踏み込む。
逃げない。
拳へ回転を集中させる。
そして正面衝突。
轟音。
衝撃波。
周囲のレギオンたちが吹き飛ぶ。
地面が割れる。
巨大な存在が後ろへ下がった。
ほんの一歩だけ。
だが確かに下がった。
ルクスは息を荒くする。
効いた。
初めて効いた。
その瞬間だった。
周囲のレギオンたちが一斉に静止する。
赤い瞳が全てルクスへ向く。
まるでありえないものを見たかのように。
巨大な存在も動きを止めていた。
そして初めて感情らしきものを見せる。
驚き。
ほんの僅かだが確かに。
「確認」
低い声が響く。
「個体ルクス。危険度上昇」
その瞬間だった。
地底都市全体が揺れた。
誰も動いていない。
戦闘とも違う。
もっと大きな何かだ。
ルクスは顔を上げる。
遠く、地上へ続く巨大な昇降路の方向から轟音が響いていた。
爆発。
悲鳴。
崩落音。
そして無数の気配。
レギオンだ。
一体や二体ではない。
数百。
数千。
地上から地底都市へ流れ込んできている。
巨大な存在は静かに告げた。
「第二陣到着」
ルクスの表情が固まる。
今までの戦いは前座だった。
本当の侵攻が始まったのだ。
レギオンたちは一斉に膝をつく。
巨大な存在だけが立ったままルクスを見下ろしている。
「地球制圧作戦」
赤い瞳が輝く。
「開始」
その言葉と同時に、遠くの通路から無数の足音が響き始めた。
まるで地底都市全体を飲み込む津波のように。
そしてルクスは理解する。
霧による崩壊は終わっていない。
むしろ今始まったばかりなのだと。
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