「群体接触」
地底都市の封鎖区画は、すでに都市としての機能を失い始めていた。
通路は存在している。照明も点いている。警報も鳴っている。だが、それらはただ存在しているだけだった。本来なら人々を守るために作られた設備は、もはや誰も守れていない。
人々は逃げ惑っていた。
しかし避難ではない。
誰も安全な場所を知らないのだ。
誰かが走るから走る。
誰かが叫ぶから叫ぶ。
誰かが怯えるから怯える。
それだけだった。
ルクスはそんな人々の流れと逆方向へ歩いていた。
「どいて!」
「早く逃げろ!」
「封鎖区画が破られた!」
声が飛び交う。
だがルクスは止まらない。
むしろ進むほど確信していた。
原因は向こうにある。
自分が感じ続けている違和感も。
街を蝕んでいる霧も。
全部、その先に繋がっている。
そのときだった。
通路の奥から足音が聞こえた。
一つではない。
二つでもない。
数十。
数百。
無数の足音。
規則正しく響く音は、人間の集団が歩く音とはどこか違っていた。
ルクスは足を止める。
通路の向こう側。
暗闇の中から人影が現れ始めた。
最初は数体。
だが次々と増える。
十。
二十。
五十。
百。
まるで終わりがない。
「……なんだよ」
思わず呟く。
全員同じだった。
黒い装甲。
無機質な瞳。
感情のない表情。
そして完全に統一された歩調。
それは軍隊に見えた。
だが軍隊よりも不気味だった。
人間ならば僅かな癖がある。
歩き方。
視線。
呼吸。
だが目の前の存在にはそれがない。
全員が同じだった。
まるで一つの意識が複数の身体を動かしているようだった。
「対象確認」
声が響く。
一人が喋ったはずだった。
だが全員の口が同時に動いていた。
「対象確認」
「対象確認」
「対象確認」
同じ言葉。
同じ声。
同じ抑揚。
ルクスの背筋に寒気が走る。
「お前ら……」
返事はない。
代わりに全員がルクスを見る。
その瞬間だった。
ルクスは感じた。
今までとは違う。
霧ではない。
恐怖でもない。
敵意ですらない。
ただ処理される対象を見る視線。
虫を見るような目。
いや、それ以下だった。
彼らにとってルクスは敵ではない。
ただの障害物だった。
「排除開始」
次の瞬間。
先頭にいた一体が動く。
速い。
ルクスは反射的にスパイラルを展開する。
回転の壁。
見えない渦が身体の前に形成される。
直後。
激突。
轟音。
レギオンの拳が回転シールドにぶつかる。
衝撃が通路全体を揺らした。
「っ!」
ルクスの足が後ろへ滑る。
重い。
今まで戦った相手とは比べものにならない。
だが止まった。
防いだ。
ルクスは即座に反撃へ移る。
シールドを維持したまま回転を拳へ集中。
飛び込む。
拳を叩き込む。
回転が相手を飲み込む。
レギオンの身体がねじれながら吹き飛んだ。
壁へ激突。
金属が砕ける音。
普通なら終わりだ。
だが。
レギオンは立ち上がった。
何事もなかったかのように。
「は?」
ルクスは目を見開く。
壊れたはずだった。
確かに回転へ巻き込んだ。
だが相手は立っている。
壊れていない。
まるで最初から無傷だったかのように。
「再戦闘可能」
再び全員が同時に喋る。
その光景はあまりにも異常だった。
ルクスは理解する。
こいつらは人間じゃない。
その瞬間。
全てのレギオンが動いた。
通路を埋め尽くす軍勢。
一斉突撃。
ルクスは舌打ちする。
「ふざけんなよ!」
スパイラル展開。
回転が広がる。
複数体を巻き込む。
吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられる。
だが。
立つ。
また立つ。
何度倒しても。
何度吹き飛ばしても。
何度破壊しても。
立ち上がる。
まるで終わらない。
ルクスは歯を食いしばる。
一体一体は倒せる。
問題は数だった。
多すぎる。
圧倒的に。
そして彼らは恐怖を知らない。
痛みを知らない。
疲労も知らない。
ただ命令だけで動いている。
だから止まらない。
「排除」
「排除」
「排除」
無数の声が響く。
ルクスは回転シールドを維持しながら後退する。
衝撃。
衝撃。
衝撃。
次々と攻撃がぶつかる。
回転で逸らす。
流す。
防ぐ。
だが消耗していく。
汗が流れる。
呼吸が荒くなる。
それでもレギオンは減らない。
むしろ増えている。
通路の奥からさらに現れる。
終わりが見えない。
そのときだった。
ルクスの近くにいた避難民が転ぶ。
小さな子供だった。
母親が叫ぶ。
「だめ!」
レギオンが子供へ向かう。
ルクスの身体が先に動いていた。
スパイラル。
全力。
回転の渦が通路を横断する。
レギオン数体をまとめて飲み込む。
吹き飛ぶ。
壁が崩れる。
天井が軋む。
だが間に合った。
子供は無事だった。
母親が震えながら子供を抱きしめる。
その光景を見て。
ルクスは思い出す。
みんなの夢。
明日やりたいこと。
将来なりたいもの。
語り合った夢。
笑った時間。
守りたいもの。
それはずっと変わらない。
だから。
「こんなところで終わらせるかよ」
拳を握る。
その瞬間。
レギオン全体が止まる。
不自然なほど綺麗に。
全員が同時に。
ルクスは警戒する。
嫌な予感がした。
そして次の瞬間。
全てのレギオンが一斉にルクスを見た。
「脅威認定」
「脅威認定」
「脅威認定」
声が重なる。
地鳴りのように。
そして。
通路のさらに奥。
今まで見えていなかった暗闇の中から。
巨大な影が動いた。
レギオンではない。
明らかに違う。
一歩踏み出しただけで地面が揺れる。
ルクスは息を呑む。
レギオンたちは道を開けるように左右へ分かれた。
まるで王を迎える兵士のように。
その巨大な存在はゆっくりと姿を現す。
そして。
赤く光る瞳がルクスを捉えた。
初めてだった。
今までのレギオンにはなかった感情。
そこには明確な意思があった。
殺意だった。
ルクスは拳を握る。
レギオンとの戦いは終わっていない。
むしろ今始まったばかりだった。
そしてその巨大な存在が口を開く。
「発見した」
その一言だけで。
地底都市の空気が変わった。
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