「自分の過ち」
ゼルクロノスとゼクロスは幹部を追っていた。
遠くに見える背中。
幹部は振り返らない。
ただ静かに歩いている。
「待て」
ゼルクロノスは速度を上げた。
だが距離は縮まらない。
まるで空間そのものが伸びているようだった。
やがて幹部は立ち止まる。
そしてゆっくり振り返った。
「来るな」
低い声だった。
「話がある」
ゼルクロノスは言う。
「安定派は何を隠している」
幹部は答えない。
「ここは何なんだ」
答えない。
「ゼクロスが変なんだ」
答えない。
ゼルクロノスは苛立った。
「答えろよ」
幹部は静かに目を閉じる。
「私にはその余裕がない」
「は?」
「すまない」
ゼルクロノスは意味が分からなかった。
余裕がない?
何の話だ。
幹部はさらに続ける。
「本当に余裕がないんだ」
その声は疲れていた。
どこか壊れかけているようにも聞こえた。
ゼルクロノスが何か言おうとした時だった。
隣のゼクロスが前へ出る。
「ごめん」
突然だった。
ゼルクロノスは振り向く。
「は?」
ゼクロスは俯いていた。
拳を握り締めている。
「俺、この前言っただろ」
「何をだ」
「お前が考えすぎだって」
ゼルクロノスは思い出した。
安定派は変じゃないか。
そう話した時だ。
「それがどうした」
ゼクロスは苦しそうな顔をした。
「俺が間違ってた」
「……」
「ここは変だ」
ゼルクロノスは黙る。
ゼクロスは続ける。
「俺も気付いてた」
「でも考えないようにしてた」
「怖かったからだ」
沈黙。
ゼルクロノスは初めて見る表情だった。
ゼクロスが怯えている。
「何を知った」
ゼルクロノスが聞く。
ゼクロスは答えない。
ただ首を横に振る。
「言えない」
「なんでだ」
「分からない」
「は?」
「言おうとすると頭がおかしくなる」
ゼルクロノスは眉をひそめた。
意味不明だった。
だが嘘を言っているようには見えない。
その時だった。
幹部が後ろを向く。
空間が裂ける。
グブォン。
黒い裂け目。
白い世界には似合わない異質な穴だった。
「待て!」
ゼルクロノスは叫ぶ。
幹部は振り返らない。
「来るな」
それだけ言った。
そして裂け目へ入る。
空間が閉じ始める。
ゼルクロノスは走った。
「おい!」
ゼクロスも反応する。
「ゼルクロノス!」
だがゼルクロノスは止まらない。
「ふざけるな!」
手を伸ばす。
閉じかけた裂け目を掴む。
ギギギギギ。
空間が軋む。
「開けぇぇぇ!」
ゼルクロノスは無理やり裂け目をこじ開けた。
その向こう側。
一瞬だけ見えた。
無数の人影。
無数の視線。
そして。
憎しみ。
それだけが見えた。
「なんだ……あれ」
ゼルクロノスは思わず呟く。
背後でゼクロスの顔色が変わった。
「まさか」
ゼクロスの声が震える。
だがゼルクロノスはもう止まれなかった。
裂け目の向こうへ足を踏み入れる。
その先で待っているものを知らずに。
足が地面に着いた瞬間だった。
空気が変わる。
重い。
白い世界とは全く違う。
ゼルクロノスは周囲を見回した。
そこは暗い空間だった。
上下も左右も曖昧な世界。
だが。
無数の視線だけははっきり感じる。
「誰だ」
返事はない。
だが。
一歩。
また一歩。
人影が近付いてくる。
ゼルクロノスは目を細めた。
そして。
理解した。
「……お前」
見覚えがあった。
昔倒した敵だった。
別の影が現れる。
また知っている顔だった。
さらに現れる。
また。
また。
また。
全員知っていた。
「なんでお前達がいる!!」
ゼルクロノスは叫んだ。
その瞬間。
無数の人影が一斉にこちらを見る。
憎悪。
怒り。
恨み。
殺意。
それだけが向けられる。
「ゼルクロノス」
誰かが言った。
「覚えているか」
「黙れ」
「私を殺した時のことを」
「黙れ!!」
次の瞬間。
ゴン!!!
衝撃。
ゼルクロノスの顔が吹き飛ぶ。
誰かに殴られた。
「がっ!?」
さらに。
蹴り。
殴打。
罵声。
「返せ!!」
「なんで俺達が死ななきゃならなかった!!」
「答えろ!!」
ゼルクロノスは吹き飛ばされる。
地面を転がる。
「ふざけるな!!」
立ち上がる。
「俺が何したっていうんだよ!!」
静寂。
そして。
一人が前へ出た。
「それは私達が一番思っている」
ゼルクロノスの顔が歪む。
「なぜ私達は殺された」
「なぜだ」
「なぜだ」
「なぜだ」
声が増える。
無数の声になる。
頭の中で響く。
ゼルクロノスは耳を押さえた。
「やめろ」
止まらない。
「やめろ!!」
視界が揺れる。
頭痛。
吐き気。
鼓動。
何かがおかしい。
だが。
ゼルクロノス自身は気付いていなかった。
精神は少しずつ蝕まれていた。
安定派に来てからずっと。
考えるべきことを考えず。
感じるべきことを押し潰され。
歪み続けていた。
そして今。
それが一気に溢れ出していた。
「うるさい」
小さく呟く。
「うるさい」
エネルギーが漏れ出す。
「うるさいんだよ!!」
ブラックホールが出現した。
周囲の空間が歪む。
被害者達の顔が変わる。
「待て」
「やめろ」
「また逃げるのか」
ゼルクロノスは叫んだ。
「俺を責めるなぁぁぁぁぁ!!」
ブラックホールが全てを飲み込む。
人影が消える。
声が消える。
憎しみが消える。
やがて。
静寂だけが残った。
「はぁ」
「はぁ」
「はぁ」
ゼルクロノスは膝をつく。
汗が止まらない。
「なんなんだよ」
震える声。
「クソ」
「俺が殺した奴らがなんで」
答える者はいない。
遠くで。
幹部の姿だけが見えていた。
だが。
もう何も言わなかった。
ただゼルクロノスを見ていた。
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