「リセット」
ドクは街を歩いていた。
血の海の中を。
人だったものが転がっている。
誰の腕か分からない腕。
誰の足か分からない足。
千切れた指。
潰れた頭。
焼け焦げた肉。
道路には赤黒い液体が流れていた。
それでもドクは何も感じなかった。
もう泣けなかった。
もう悲しめなかった。
周囲ではまだ殺し合いが続いていた。
ある男が女を殴り殺した。
その直後。
別の男に刺された。
刺した男も。
後ろから撃たれた。
終わらない。
誰も止められない。
誰も生き残れない。
ドクは歩く。
ただ歩く。
どこへ向かうのかも分からない。
ふと。
死体の山が見えた。
軍人。
市民。
子供。
老人。
区別もつかない。
その中心に。
渦巻き状の結晶が浮いていた。
あの結晶だった。
ルクスから見つかった結晶。
それが空中で回転している。
ブォォォォォン。
静かな音。
だが。
その回転はどんどん大きくなる。
空間が歪む。
空が捻れる。
雲が逆回転する。
ドクは立ち止まった。
その時だった。
目の前に。
人影が現れた。
ドクの呼吸が止まる。
「……ルクス」
そこにいた。
ルクスだった。
死んだはずの。
埋葬されたはずの。
ルクス。
ボロボロの姿ではない。
傷も無い。
ただ立っている。
静かに。
ドクの目から涙が零れた。
「ルクス」
一歩。
近付く。
「会いたかった」
また一歩。
「ずっと」
「ずっと会いたかった」
ルクスは何も言わない。
ただ見ている。
ドクは笑った。
久しぶりだった。
本当に久しぶりだった。
「ねぇ」
「もう大丈夫だよ」
「もう全部終わったよ」
ルクスは動かない。
ドクがさらに近付く。
そして。
ルクスが指を上げた。
一本。
静かに。
ドクは首を傾げる。
「え?」
ルクスが初めて口を開いた。
感情の無い声。
冷たい声。
まるで世界そのものが喋っているような声。
「リセット」
その瞬間だった。
世界が止まった。
悲鳴が消える。
炎が止まる。
血が宙に浮く。
人も。
動物も。
雲も。
風も。
全てが停止する。
そして。
逆回転した。
カチ。
カチ。
カチ。
時計が巻き戻るように。
街が戻る。
壊れた建物が元に戻る。
死体が起き上がる。
血が傷口へ戻る。
炎が燃える前へ戻る。
人が生き返る。
違う。
生き返るのではない。
時間が戻っている。
ドクは理解できなかった。
空が消える。
海が消える。
大地が消える。
月が消える。
太陽が消える。
星が消える。
銀河が消える。
宇宙が消える。
全てが逆回転していく。
ドクは叫ぼうとした。
だが声は出ない。
世界そのものが巻き戻っている。
そして。
最後に残ったのは。
ルクスだけだった。
いや。
ルクスではない。
人だったもの。
世界だったもの。
歴史だったもの。
全てを終わらせる存在。
ファイナルリセッター。
宇宙は理解していた。
地球は害だった。
だから四十六体もの生命体が送り込まれた。
だが。
誰も止められなかった。
そして最後に生まれた答えが。
ルクスだった。
全てを終わらせる者。
全てを無かったことにする者。
ファイナルリセッター。
そして。
宇宙が生まれる前。
そのさらに前。
何も無い場所へ。
全てが消えた。
光も。
闇も。
命も。
歴史も。
何もかも。
完全な無へ。
そして。
誰もいなくなった。
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