「異変」
日本に戻ってから数日が経った。
だが誰も元には戻れなかった。
ドクは部屋に引きこもっていた。
食事もほとんど取らない。
訓練にも来ない。
誰とも会わない。
ただ部屋にいる。
ルクスの服。
ルクスの写真。
そしてあの渦巻き状の結晶。
それだけを見ながら生きていた。
コンコン。
ノックの音。
「ドク、入るぞ」
レグルスだった。
返事は無かった。
だがレグルスは扉を開けた。
部屋は暗い。
カーテンも閉まっている。
ドクは床に座っていた。
ルクスの服を抱えたまま。
レグルスはため息を吐く。
「また飯食ってないだろ」
ドクは答えない。
しばらく沈黙。
そして。
「レグルス」
小さな声だった。
「私はもう何もできない」
レグルスは壁にもたれた。
「それを言ったら何もできないだろ」
ドクは笑わなかった。
怒りもしなかった。
ただ。
空っぽだった。
「あんたには分からないよ」
レグルスの眉が少し動く。
「俺の方がルクスとの付き合い長いんだけど」
ドクは何も言わなかった。
言い返す気力すら無い。
その時だった。
ガサガサ。
窓際で音がした。
二人が見る。
小さなネズミだった。
基地に住み着いているものだ。
珍しくもない。
だが。
その様子がおかしかった。
一匹が。
もう一匹に噛み付いた。
ドクが眉をひそめる。
ネズミはさらに噛む。
さらに。
さらに。
まるで食べているようだった。
「なんだあれ」
レグルスが言う。
ドクも見ていた。
「気持ち悪い」
ネズミは止まらない。
食い続ける。
共食いだった。
その時。
机の上。
渦巻き状の結晶が光った。
ピカッ。
二人が同時に見る。
「は?」
ドクが呟く。
「……あ?」
レグルスも固まる。
光は一瞬だった。
だが。
確かに光った。
そして。
カチ。
時計の秒針が止まった。
二人は気付かない。
カチ。
秒針が動く。
だが。
逆だった。
時計が逆回転していた。
カチ。
カチ。
カチ。
時間が巻き戻るように。
逆へ。
逆へ。
逆へ。
そして。
レグルスがドクを見る。
ドクもレグルスを見る。
その瞬間だった。
突然。
どうでもいいことで腹が立った。
理由は無い。
だが。
許せなかった。
レグルスが口を開く。
「お前」
ドクが睨む。
「なに」
空気が変わる。
何かがおかしい。
だが二人とも気付かない。
気付けない。
なぜなら。
今の状況を不自然だと思わなくなっていたからだ。
レグルスが一歩前に出る。
ドクも立ち上がる。
互いに殺意を向ける。
理由も無いのに。
「お前さえいなければ」
レグルスが言った。
ドクも吐き捨てる。
「それはこっちの台詞」
その瞬間。
レグルスが殴った。
ドクも殴り返した。
戦いが始まった。
理由も無いまま。
終わりの始まりだった。
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