「価値」
ルクスは天井を見ていた。
何もすることが無かった。
右腕は無い。
左足も無い。
起き上がることすら難しい。
逃げることもできない。
戦うこともできない。
ただ生きているだけだった。
ガチャ。
扉が開く。
デミクロンだった。
食事を持っている。
ルクスは視線だけ向ける。
「またお前か」
「悪いですか」
「別に」
デミクロンは机に食事を置く。
ルクスは見た。
豪華だった。
肉。
スープ。
パン。
戦時中とは思えない。
ルクスは笑った。
「捕虜にしては豪華だな」
デミクロンは黙る。
ルクスは続ける。
「価値があるからだろ」
デミクロンは返事ができなかった。
ルクスは理解していた。
自分は捕虜じゃない。
研究材料だ。
それくらい分かる。
「先輩」
「なんだ」
「俺は」
言葉が続かない。
デミクロンは悩んでいた。
ルクスを憎んでいる。
それは本当だ。
だが。
最近分からなくなっていた。
目の前の男は。
街を壊した怪物なのか。
ただ疲れ果てた人間なのか。
ルクスはスープを飲む。
左手だけで。
こぼしながら。
昔なら考えられない。
だが今は慣れ始めていた。
人は案外慣れる。
嫌なことでも。
ルクスはふと聞いた。
「ドクは元気かな」
デミクロンは驚いた。
ルクスは続ける。
「怒ってるだろうな」
少し笑う。
本当に少しだけ。
「また勝手にどっか行きやがってって」
その笑顔を見て。
デミクロンは苦しくなった。
なぜだか分からない。
ルクスは戦争の話をしない。
恨みも言わない。
自分を傷付けたことも責めない。
それが余計につらかった。
その時。
警報が鳴った。
ビーッ!!
ビーッ!!
基地全体に響く。
二人とも顔を上げる。
「なんだ」
デミクロンが立ち上がる。
外から叫び声。
走る音。
通信兵の怒号。
「緊急事態!」
「全兵員配置につけ!」
「繰り返す!」
「全兵員配置につけ!」
ルクスは眉をひそめた。
戦闘か。
そう思った。
だが。
様子がおかしい。
恐怖が混じっている。
デミクロンも感じていた。
ただ事じゃない。
通信機から声が響く。
『海上に異常発生!』
『観測不能!』
『何だあれは!?』
『海が——』
そこで通信が途切れる。
数秒後。
別の通信が入る。
声が震えていた。
『海が割れた』
部屋が静まり返る。
デミクロンも。
ルクスも。
意味が分からない。
海が割れた?
何を言っている。
だが。
次の報告で全員が凍り付く。
『海底に巨大生命体を確認』
『対象識別』
『ゼルクロノス』
ルクスの目が見開かれる。
デミクロンも固まる。
ゼルクロノス。
忘れるはずがない。
あの日。
世界を壊しかけた存在。
そして。
海へ封印されたはずの存在。
通信兵の声が裏返る。
『復活した!』
『ゼルクロノスが復活したぞ!!』
基地中が騒然となる。
ルクスはベッドの上で呆然とする。
ありえない。
封印されたはずだ。
終わったはずだった。
だが。
もっと異常な報告が続く。
『待て!』
『何かいる!』
『上空だ!』
『宇宙から飛来した生命体が——』
通信がノイズに変わる。
そして。
完全に途切れた。
ルクスは嫌な予感がした。
本能だった。
戦争なんかより。
もっと大きな何か。
もっと最悪な何か。
それが来ている。
そして遠く離れた海上では。
復活したゼルクロノスへ。
宇宙から飛来した謎の生命体が静かに近づいていた。
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