「生きたい」
ドラゴンはルクスの頭上で口を開いていた。
巨大な牙。
今にも噛み砕こうとしている顎。
ルクスは地面に倒れたまま見上げていた。
右腕が無い。
左足が無い。
肩からも脚からも血が流れ続けている。
身体はもうまともに動かない。
呼吸するだけで苦しい。
「はぁ……はぁ……」
肺が焼けるように痛い。
肩が痛い。
脚が痛い。
全身が痛い。
それなのに。
死ぬことだけは嫌だった。
ドラゴンが迫る。
ルクスは反射的に回転を発動しようとした。
だが上手くいかない。
能力が乱れる。
視界も揺れる。
意識も飛びそうだ。
「クソ……」
弱々しい声。
昔ならこんな相手に負けなかった。
昔なら。
だが今は違う。
右腕が無い。
左足も無い。
それが現実だった。
デミクロンはその姿を見ていた。
憎い。
憎いはずだった。
家族を奪った男。
街を壊した男。
許してはいけない男。
それなのに。
目の前のルクスはあまりにも弱々しかった。
「先輩……」
思わず声が漏れる。
ルクスは聞こえていない。
聞こえる余裕もない。
ドラゴンが再び襲いかかる。
ルクスは地面を掴んだ。
左腕一本で。
必死に。
本当に必死に。
身体を動かす。
ズルッ。
数十センチだけ動く。
それだけ。
たったそれだけ。
ドラゴンの牙が地面を砕く。
ドォォォォォン!!
土が吹き飛ぶ。
破片がルクスの顔を切り裂く。
頬から血が流れる。
「あ゛っ……!」
悲鳴が漏れる。
もう限界だった。
痛みで頭がおかしくなりそうだった。
だが。
それでも。
身体は勝手に動く。
生きたい。
その感情だけが残っていた。
ドクは震えていた。
涙が止まらない。
「ルクス……」
どうしていいか分からない。
助けたい。
抱き起こしたい。
でも戦いの中へ飛び込めば自分も死ぬ。
何もできない。
それが辛かった。
レグルスも同じだった。
拳を握る。
血が出るほど。
だが動けない。
ドラゴン二体。
そしてデミクロン。
今飛び込んでもルクスごと巻き込む。
どうにもならなかった。
ルクスは地面を這う。
右足一本。
左腕一本。
それだけで。
血の跡が地面に残る。
誰が見ても満身創痍だった。
デミクロンは叫ぶ。
「なんでだよ!」
ルクスは反応しない。
「なんでまだ立とうとするんだよ!!」
ルクスは少しだけ顔を上げた。
焦点の合わない目。
だが。
口だけは動いた。
「生き……たいからだ」
小さな声だった。
聞き取れないほど小さな声。
それでもデミクロンには聞こえた。
「は?」
「生きたい……」
ルクスは血を吐く。
「まだ……死にたくない」
その言葉にデミクロンは固まった。
怒りが少し揺らぐ。
だが。
すぐに振り払った。
「俺だって!」
デミクロンの声が震える。
「俺だって生きたかった!!」
ドラゴンが咆哮する。
地面が揺れる。
「みんな生きたかったんだよ!!」
ルクスは何も言えない。
その通りだった。
だからこそ苦しい。
デミクロンの家族も。
街の人も。
みんな生きたかった。
自分も生きたい。
全部本当だった。
だからどうしようもない。
デミクロンは拳を握る。
涙が落ちる。
「先輩」
声が震える。
「俺はどうすればよかったんですか」
ルクスは答えられない。
答えなんて持っていない。
持っていたら。
あの日あんなことにはならなかった。
デミクロンは歯を食いしばる。
そして。
手を振り下ろした。
ドラゴンが動く。
再びルクスへ向かう。
ルクスは身体を起こそうとする。
だが力が入らない。
視界が暗い。
呼吸も苦しい。
寒い。
とても寒い。
血を失いすぎていた。
ドラゴンが迫る。
もう避けられない。
本当に終わりだった。
ルクスは最後にドクを見た。
泣いていた。
必死に何かを叫んでいる。
だが聞こえない。
耳が遠い。
ルクスは少しだけ笑った。
そして思う。
もっと一緒にいたかったな。
その瞬間。
視界が真っ黒になった。
身体から力が抜ける。
ルクスの頭が地面へ落ちた。
反応が無くなる。
呼吸も。
動きも。
何もかも。
デミクロンは異変に気付いた。
ドラゴンが止まる。
レグルスの顔色が変わる。
ドクが叫んだ。
「ルクス!!」
返事は無かった。
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