「父」
空挺へ戻ったルクスは無言だった。兵士達が声をかけても返事をしない。誰も無理に話しかけなかった。五年間スパイとして生きた男がどれだけのものを抱えているか分からなかったからだ。
空挺のハッチが開く。
最初に見えたのはレグルスだった。
「ルクス」
レグルスは手を差し出す。
「よく頑張ったな」
ルクスはその手を見る。
数秒。
そして。
パシッ。
手を払った。
空気が凍る。
周囲の兵士達が息を呑む。
だがレグルスは怒らなかった。
ルクスは何も言わず歩き去る。
誰とも話したくなかった。
一人になりたかった。
辿り着いたのは捕虜収容室だった。
鉄格子の向こうに一人の男が座っている。
男はルクスを見る。
そして笑った。
「久しぶりだな」
ルクスの足が止まる。
「父さん……」
ブイゼンだった。
セートラス軍の兵士として戦っていた男。
そしてルクスの父親。
ブイゼンは立ち上がる。
「ルグシカスって名前で潜入してたんだってな」
ルクスは何も言わない。
「随分と器用なことするようになったじゃねえか」
沈黙。
しばらく誰も喋らない。
先に口を開いたのはブイゼンだった。
「これはお前の計算通りか?」
ルクスは首を横に振る。
「違う」
「そうか」
ブイゼンは笑う。
「なら安心した」
ルクスは鉄格子を握った。
「父さん」
「なんだ」
「俺は……」
言葉が続かない。
人を殺した。
街を壊した。
仲間を騙した。
色々な言葉が頭を巡る。
だがブイゼンは先に言った。
「お前達は被害者だ」
ルクスは顔を上げる。
「戦場に立たされて」
「人を殺さされて」
「やりたくもないことをやらされて」
「お前達は被害者だ」
ルクスは何も言えなかった。
ブイゼンは続ける。
「お前は昔どうしようもないことをした」
「だから俺はお前を追い出した」
「だがな」
ブイゼンは笑った。
「立派になったじゃねえか」
その瞬間。
ルクスの目から涙が零れた。
五年間。
一度も言われなかった言葉だった。
認められたかった。
ずっと。
ずっと。
「父さん……」
ブイゼンは笑う。
「それに髪伸ばしたな」
ルクスは涙を拭く。
「は?」
「ヒゲも剃ってねえし」
「うるさい」
「おしゃれか?」
「違う」
久しぶりだった。
こんな会話。
戦争のことも。
任務のことも。
今だけは忘れられた。
ブイゼンは思った。
生きていて良かったと。
ルクスは思った。
もっと早く会いたかったと。
だが二人ともまだ知らない。
これが最後の親子の時間になることを。
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